Dead fire 最後の切り札

「ブワァ、ブワァ、ブワォーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 キュラス星人は体を揺らし、勝ち誇ったように吠える。


「こんなとこで突っ立ってちゃいけない!外に逃げましょ!」


 黒波が、語気を強めた。


「でも、ルナとミラを置いてはいけないよ!」

「あたしたちが、あいつを外へおびき出せばいいのよ!こっちが逃げれば、ぐったりしてる二人には目もくれず、人目に付かない場所ならどこまでも追いかけてくるはず!」

「わかった!」


 俺はまだ呆然としているマルの手を引っ張り、黒波と出入り口を目指して駆けた。


「あっ、貴賀はん、出入り口は頑丈な鍵がかかってる!あてらは外の配水管を伝って明かり取りから入ったんや。携帯型プラズマ手榴弾があれば鍵を壊せるけど、予備を持ってへんし、変身してもあてには扉をぶち破るほどのパワーがない。あの窓からやないと、外には出られん!」


 我に返ったマルが、早口でまくしたてる。


「明かり取りの窓へは、どうやって」

「あれや!」


 マルが指差したのは、清掃用通路へと上がるために壁面へ設置された金属製はしごだ。


「今のマルならすぐに上がれるだろうけど、十分な力を出せない俺と黒波さんじゃ、上ってる間に襲われちゃうよ!」


 俺たちははしごの利用を諦め、ルナとミラが倒れている場所からなるべく離れて館内をぐるぐると逃げ回る。

 キュラス星人は、腕ほどには敏捷に足を動かせなかったが、それでも固まって走る俺たちを追い、左右やすぐ後ろをかぎ爪で打ち付けた。

 俺たちの逃げる後は、壁や床がひどくえぐれ、めくれ、凸凹になっている。


 遠目には、ルナがようやく起き上がり、プラズマソードを杖代わりに立とうとしている。しかし、余程の痛手を負っているようで足元が安定していない。

 ミラの方は、意識こそあるようだけど、上半身も起こせないようだ。


「マル、相手の動きを止められそうな道具は、持ってないの?」

「あてが扱うんは、ルナちゃんやミラちゃんと違うて、捜索用や防御用やダメージ回復用のアイテムがメインなんや。対象物に悪影響を及ぼす道具は、これまでに全部使い切ってしもたわ!」


 オーラを三人に与えたすぐ後、敵の攻撃をかわしながら、全速で逃げてるんだから、もうヘトヘトで体力は限界に近い。黒波も苦しいらしく、表情を歪め、息も絶え絶えになっている。


 ピコーン、ピコーン、ピコーン、ピコーン、ピコーン、ピコーン……。


 マルのカラータイマーが赤色の点滅を始めた。

 戦闘モードになって三分が経とうとしており、三人が戦えなくなるまでもはや秒読み段階だ!

 時間がない!どうすれば!?

 黒波が、俺の腕をつかんだ。


「戦うことはできないけれど、相手の力を削ぐことならできるかも!」

「えっ?」

「あたしが奴の動きを少しでも止めている間に、君は星野さんが持っているという回復アイテムを、天海さんと白雲さんに使って!」

「でも、どうやってあいつの動きを止めるつもりなんだよ?」

「生命エネルギーを、吸い返す!」


 そう言うなり、黒波は急に足を止め、後ろに迫るキュラス星人へと反転した。

 想定外の行動に速度を緩めた相手の股の間をくぐり抜け、黒波は左足の太いふくらはぎに抱きつく。

 と思うが早いか、黒波の体が赤く発光し、キュラス星人はビクリと体を震わせた。巨獣の動きが明らかに鈍くなっている。

 発光する黒波の体の表面に、キュラス星人の赤いシルエットがぼんやり二重に重なって見える。彼女はまさしくキュラス星人であり、相手の体から生命エネルギーを吸い取っていた。


「マル、回復用のアイテムって?」

「ああ、これや」


 マルは、腰につけたポーチから、白いカプセルの入ったケースを出した。


「一粒飲んだら、体力を大幅に回復できる。ただし、戦闘モード中のみ有効や」

「じゃあ、元の姿に戻る前に飲ませないと!」


 カプセル一粒を手に取った俺はルナに、マルはミラに向かってまっしぐらに走る。

 キュラス星人は、左足を何度も床に踏みつけ、黒波を振り落とそうとしているが、ガッチリとしがみつかれていて思うに任せない。


「ルナ、これを飲んで!」


 駆け寄った俺は、赤いカラータイマーが点滅し、いまだ足下がおぼつかない彼女の口元にカプセルを差し出した。


「貴賀さん……」


 床に突き立てたプラズマソードの柄を両手に握って体を支えているルナは、俺の手のひらにくちびるをつけ、カプセルを口に入れた。ルナの体が、一瞬光を放ったように見え、苦し気な表情に精気が戻る。

 五メートルほど離れて倒れているミラには、上半身を抱き起こしたマルがカプセルを飲ませている。


 キュラス星人は足の踏みつけを止め、腰を屈めて両手のかぎ爪を黒波の体に突き刺した。


「ギャーーーーーーーーーーー!」


 悲鳴を上げた黒波は、それでもふくらはぎにしがみついている。が、キュラス星人はようやく彼女を引きはがし、こっちに向けて力一杯投げつけた。

 ルナが受け止めようと体を動かすよりも早く、黒波はすぐ横の壁面に激突した。

 彼女の体は木製の壁にめり込み、いくつもの傷跡から血液らしき緑色の液体が流れ出ている。でも、黒波は死んではいなかった。

 慌ててにじり寄った俺とルナに、「あたしなら……心配いらない」と言った黒波は、かすれた声で続けた。


「ある程度の生命エネルギーを吸ったから、しばらくすれば傷も塞がり、動けるようになる。それより、今が好機よ。あいつの防御力はかなり弱まったはず。鼻じゃなく、目と目の間を狙って。脳の中枢神経系が集まるその部分こそ、同族だけが知るあたしたちの本当の弱点……」


 ここで力尽き、黒波は意識を失った。


 ドスン、ドスン、ドスン……。


 地響きに向き直ると、キュラス星人が俺たちを狙って一直線に突っ込んでこようとしていた。


 ルナが一歩前に出て、プラズマソードを中段に構える。

 カラータイマーの点滅はどんどん速まっている。

 ルナの横に活力を取り戻したミラが立ち、プラズマガンの銃口に細長いアタッチメントを取り付けた。


「一発しかない試作品だけど、高照度の光を浴びせて脳を麻痺させる、このプラズマ催眠弾なら一時的にあいつの動きを止められるかも!」


 照準を定めたミラは、目前に迫ったキュラス星人の顔面に向けて撃った。


 パァーーーーーーーーーーーーン!


 強烈な光の膜が、キュラス星人の顔面を覆う。


「ヴァオーーヴァロロローーーーー!」


 眠らせるまでの効き目はない。それでも、平衡感覚を失ってよろめき、動きが極端に重くなったキュラス星人に向かって、プラズマソードを振り上げたルナが大きくジャンプする。


「覚悟しなさーーーーーーーーーーい!!!」


 雄叫びを上げたルナは、青白く輝く光刃の切っ先を相手の眉間に刺し、さらに刀身の全てを奥へ突き入れた。


「ブヒャーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 絶叫して身悶えるキュラス星人にプラズマソードを突き立てたまま、ルナが着地する。

 巨体は見る見るうちに縮み、本来の二メートルほどの身長に戻ったかと思うと、ガクンとつんのめり、そのまま動かなくなった。


 ミラが分子破壊投射機で死体を処理し、囚人認識票を取り上げた次の瞬間には、三人の戦闘モードが解け、普段着に戻っていた。

 ルナが、ミラが、マルが、その場でぐったりと腰を下ろす。


 終わった……。

 でも、気掛かりな点が一つだけ残っている。

 「みんな……」と呼びかけた俺に、三人は腰を落としたまま振り向いた。


「ここにいる黒波だけど……やっぱり逮捕しちゃうのか?彼女は確かに罪人かもしれないけど、過去を悔い、この地球で生まれ変わって、人生をやり直そうとしている。見逃してやってはくれないか?」


 三人は顔を合わせ、昏倒している黒波を見やった。


「〝紅い悪魔〟であるあいつを逮捕して綺羅の国に連行すれば、あたいらは宇宙警備隊のエースにしてアイドルになれるんだ!」


 そう言ってから、ミラは「でも……」と言い継いだ。


「あたいたち、命を助けてもらったんだよな……その〝紅い悪魔〟に」

「ミラちゃんの言うとおり、宇宙警備隊本部の表彰台には立ちたいけど……〝紅い悪魔〟がおらんかったら、あてら今頃どうなってるか。それに、黒波ソラの正体を見抜いて、脱走犯の最後の一人をあぶり出してくれた貴賀はんが恩赦を希望してるんやったら、強いことも言えへんし……。あては、ルナちゃんの判断に従うわ」

「あたいもだ。ルナが決めてくれ」


 ミラとマルに視線を送られ、うつむき加減にしばらく考え込んでいたルナは、やがておもむろに顔を上げた。


「ここに〝紅い悪魔〟なんていないわ」


 ミラとマルを見返してから、ルナは俺と目を合わせた。


「あそこにいるのは、黒波ソラよ。さっき、命がけで相手に立ち向かった時でさえ、彼女はキュラス星人の姿に戻らなかった。これからも地球人として生きるという決意は、本物だったんだわ。だったら、わたしたちに地球人を逮捕する権利はない。それに彼女を連れて行ってしまったら、残されたおじいさんとおばあさんがきっとひどく悲しむもの」


 俺は、ルナに微笑みを返した。

 ミラとマルもニコニコと顔を見合わせているのは、ルナの裁定に納得しているからだろう。


 ほんわかと気持ちが和んだら、猛烈な睡魔が襲ってきた。

 大量のオーラを吸われたうえ、極度の緊張と恐怖を強いられる中、体育館を全力で走り回って逃げていた疲れが、一息ついてドッと押し寄せてきたんだろう。

 意識が朦朧として、その場にしゃがみ込む。


「貴賀さん、しっかり!貴賀さん!貴賀さん!…………」


 ルナの声がどんどん遠のいていき、目の前は真っ暗になった。

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