Random shooting 絶望的な闘い

「おい、そこまでだーーーー!神妙にしろーーーーーーーー!」


 怒声が轟いたのは、南側の明かり取り窓の方からだった。

 ミラの声!?

 キュラス星人は動きを止め、声のした方角を見る。


 明かり取り窓のすぐ下、つまり床から高さ四、五メートルくらいの壁沿いに、清掃用の細い通路が設けられている。一か所だけ窓が開けられ、そこにミラとマルが立っていた。

「さいぜんからのあんたらの話、ぜーんぶ聞かせてもろたで!そこの二人をどないかするつもりやったら、先にあてら宇宙警備隊を倒してからにしよし!」

「ミラ!マル!」


 来てくれたんだ!でも、ルナがいない……。

 二人に挑発されたキュラス星人はふいと身を消し、一瞬でミラたちのいる通路に出現した。


「おいでなすったな。おい、マル!」

「任しとき!」


 ミラに催促されたマルが、間髪を入れず何かを相手の顔面に投げつけ、白い粉が飛び散った。


「ウグァーーーー!」


 キュラス星人がうなり声を発して両眼を押さえ、うずくまる。

 あれは、忍者の目つぶし!


 それを待っていたかのように、北側にいる俺たちの真上で微かな物音がしたと思ったら、反対側にもある清掃用通路から誰かが飛び下りてきた。


「ルナ!」


 まさしく正真正銘のルナ、その人だった。彼女は俺の顔を見るなりひざまずき、泣きそうになりながら抱きついてくる。


「間に合って、良かった……」


 ドギマギしている俺の鼻腔に、ふんわりと甘い香りが漂い、心が落ち着いていく。ルナの香りだ。

 地獄に仏、とはこんな場合に使うんだろう。でも、ホッとした喜びだけでなく、弾むような胸の鼓動が、ワクワクする心の躍動が……そんな生まれて初めて経験する感情が波のように打ち寄せる。


「学校に来てるって、よくわかったね」

「必死で探したのよ!部屋に帰ったら、伝言も残さずいなくなってるんだから。あなたが行きそうな場所を考えてるうち、黒波さんの家がふと頭に浮かんだ。訪ねてみると、おばあさんが多分学校だろうって教えてくれたの。駐輪場であなたの自転車を見つけて、校舎の二階では倒れてる広川先生を、そしてやっと体育館に!」


 体を離したルナは、家にあったフルーツナイフで手足のロープを手際よく切ってくれた。


「マジで助かったよ。こんなに心配かけて……悪いと思ってる」


 ほっこりして頭を下げる俺に、ルナは首を横に振る。


「気を抜かないで。まだ戦いの最中なんだから」


 俺に続いて黒波の隣に移動したルナは、相手が〝紅い悪魔〟であることにおそらく一瞬ためらった後、彼女のロープも切り解いた。


「あたしも助けてくれるの?」


 尋ねる黒波に、ルナは「ええ」と明快に答えた。


「味方なんでしょ?わたしたちの」


 黒波の口元がわずかに緩んだ時、反対側の壁からミラとルナが駆けてきた。


「何をぐずぐずしてるんだ、ルナ!貴賀のオーラはマックス状態だ。戦闘モードに!」

「早うせんと、目つぶしの効果が切れてしまうえ!」


 二人にせっつかれ、ルナは俺の両腕をつかんでまじまじと視線を合わせた。


「貴賀さん、構わない?」

「もちろん!早く!」


 ルナの顔が急速に接近し、くちびるに柔らかい感触が伝わる。


 ピシュゥーーーーン!ピシュシュシュシュシュシューーーーーーーン!


 ふらつく俺の両手を、マルが自分の胸にぐにゅっと押し付ける。


 ピシュゥーーーーン!ピシュシュシュシュシュシューーーーーーーン!


 息つく間もなく、ルナとマルが俺の手を取り、ミラのお尻にペタンとくっつけた。


 ピシュゥーーーーン!ピシュシュシュシュシュシューーーーーーーン!


 黒波は感心したような表情で、その様子をまじまじと眺めている。

 二日連続のオーラ放出は、さすがにキツい。ふらふらになって、俺の上半身が大きく傾いた。


「大鳶くん!」


 黒波が、咄嗟に俺を支える。


 変身した三人の前に、テレポーテーションしたキュラス星人が対峙する。目つぶしの効果は切れたのか、苦しんでいる様子はもう全く見られない。

 ルナはプラズマソードを抜き、ミラはプラズマガンを構える。

 前に踏み出そうとした二人が、何かに気付いて足を止めた。

 キュラス星人の様子がおかしい。体全体が伸縮を繰り返し、徐々に大きくなっている。


「ミラさん、キュラス星人に巨大化の能力なんてあった?」

「まさか怪獣じゃあるまいし……こんなの聞いたことないぞ。おい、マル、どうなんだ?」

「考えられへん……」


 戸惑う三人に、黒波が「あたしのせいよ!」と声をかけた。


「「「!?」」」

「一般的なキュラス星人よりも遙かに強いあたしの生命エネルギーを吸い取ったせいで、特殊な力を出せるようになったんだわ。気をつけて!」


 どんどん大きくなっていくキュラス星人は、遂に頭が天井に付きそうなほど巨大化した。こうなれば、もう宇宙人と言うより、立派な大怪獣だ。


「ブゥォーーーーーーーーーーーーーーーーーン!」


 咆哮する巨獣に、ミラがプラズマガンを連射する。全弾命中しているが、ダメージを与えているようには見えない。

 その一方で、大きく躍り上がったルナが急所と目される長い鼻にプラズマソードで斬りつけた。ところが、巨大化して外皮が相当に固くなっているらしく、傷一つつけられない。

 それを見たマルが、急いで俺と黒波の前面にプラズマシールドを張った。


 プラズマガンは使い物にならないと判断したミラが、プラズマブーメランを取り出し、鼻を狙って勢いよく投げる。ブーメランは命中したものの、カキーーーンと金属音を発して簡単に弾き返されてしまった。


 今度は相手の反撃の番だった。巨体に似合わない素早い動きでルナとミラに迫り、両腕を上下左右に振るって二人をほぼ同時に強打した。

 ルナたちは十メートル以上吹き飛ばされ、体を壁面に強く打ち付けてぐったりとなる。


「ルナ!ミラ!」

「ルナちゃん!ミラちゃん!」


 声を荒げた俺たちへとキュラス星人は方向を変え、地響きを立てて近付いてくる。


「貴賀はん、黒波はん、このシールドの外に出たらあかんで!あてのねきにもっと寄って!」


 俺と黒波は言われたとおり、マルに寄り添う。

 半透明のバリア越しに、キュラス星人の巨体が俺たちの視界を塞いだ。

 右腕を一旦ぐいと後ろに引いた巨獣は、シールドに対して一気に強烈なパンチを繰り出した。


 バキーーーーーーーーーーーーーーン!


 大きな衝撃音が響いたが、パンチを受け止めたシールドに異常は……ない。


「心配あらへん。このプラズマシールドはちょっとやそっとの攻撃では破られへん……」


 マルの言葉が終わらないうちに、パンチを受けた部分を中心にしてシールドにクモの巣状のひびがスーッと入った。その直後、ビリビリビリと電磁的なノイズを発してシールドはたちまち消滅した。


「ウソやん!そんな、ありえへん!」


 マルは血の気を失い、茫然自失となっている。

 それは俺も同様だった。

 思考停止に陥り、体が動かない……。

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