Thirtieth shot 明かされた恐るべき真実

 ここはどこだ?……。


 薄暗い。室内ではあるらしいけど、すごく広い空間だ。


 手足が動かない……。


 目が次第に慣れてきて、今いる場所が完成間近の新しい体育館の中だとわかった。

 いつだったか体育の授業の後、広川に見学させてもらった覚えがある。五メートルほど上方の南北両壁面には大きな明かり取りの窓が設けられていて、橙色の光がうっすらと差し込んできている。夕暮れか……。とすれば、今は日没の時間帯、午後七時頃……。


 俺は……生物実験室でキュラス星人に襲われ、気を失ってから、この場所に連れてこられたってことに……。こんな時間なら、建設作業員だけでなく、校内にいた生徒や教師たちもとっくに引き上げているだろうな。

 俺が転がされてるのは、多分北側の壁際……。細いロープで後ろ手に縛られ、両足も同じ物でぐるぐる巻きにされている。


 隣を見ると、黒波も同じ状態で横たわっていた。子ウサギから変身したキュラス星人は近くにいない。


「黒波、黒波!」


 イモムシのような格好で体を寄せ、彼女の耳元で名前を呼ぶ。


「ん……うっ……」


 ゆっくりと瞳を開いた黒波が、俺に顔を向けた。


「大鳶くん……」


 間近にある彼女の顔は、やっぱりとても可愛くて魅力的だ。そんな彼女が、実際にはあの見るも不気味な異星人だなんて……とても信じられない。


「黒波……さん、大丈夫?」

「あたしのことを、まだ黒波って呼んでくれるの?」

「だって、その名前以外に知らないんだから」

「……そうよね」


 フッと笑った黒波は、すぐ真顔に戻り、周囲を見回した。


「ここは二学期から使う新しい体育館ね。あいつ、手足を縛っておきながら、何故口はそのままにして出ていったのかしら。脳波を感じないから、少なくとも体育館の周囲にはいないわ」

「あの……こんな言い方したくないんだけど……」

「何?」

「本来の姿に戻れば、こんなロープ、すぐ外せるんじゃないのかい?」

「……力が出ない」

「えっ?」

「さっき、生物実験室であいつに生命エネルギーをほとんど吸われちゃった。今のあたしは、君よりも非力よ」

「そんな……」

「校内には誰も残ってなさそうだけど、この場所は通りを挟んでマンションや一戸建てもあるし、住人か通行人が近くにいるかも。奴が戻ってこないうちに、助けを呼びましょう!」


 同意した俺は、黒波と揃って上半身を起こした。


「おーーーい!誰かーーーー!誰かいないかーーーーーーーーーー!」

「助けてーーーー!お願い、助けに来てーーーーーーーーーーー!!」


 二人の叫びが、屋内でこだまする。

 俺たちは、何度も何度も声を張り上げた。しかし、外からの反応はなく、こだまが響き続けるだけだ。


「フォッフォッフォッフォッフォッ」


 笑いに似た、低く不快な声音が聞こえ、俺たちの前にキュラス星人の姿がスーッと現れ出た。


 テレポーテーション!


「☆□※△●□■○☆&◇▼※※☆△」


 キュラス星人は、何かを話しかけてきた。でも、俺にはさっぱり意味不明だ。


「あたしは故郷を捨てた身。キュラス星の言語はもう使わないし、聞きたくもない!あたしは今、この地球という星で、日本人として生まれ変わろうとしているの!」


 言葉を理解する黒波がキュラス星人をにらみつけ、啖呵を切った。

 相手はしばらく考えている風だったが、ほどなく「それならば」と濁った太い声の日本語で話し始めた。


「この建物は十分な防音壁と防音パネルが設けてあります。中でどれだけ騒ごうが、わめこうが、耳の感度に優れた我らキュラス星人でなければ、外の地球人には聞こえません。この場を離れている間、あなた様が目を覚まして、声や物音を発すれば、すぐに戻ってこられるよう、口は塞がずにおきました」

「学校にいた人たちはどうしたの?お前が襲ったのか?」

「学校で大きな騒ぎを起こすつもりはありません。先程、生物実験室に入ってきた男は、見つかってやむなく生命エネルギーを頂戴したまで。あとの連中は今し方全員帰ったのを、校内くまなく回って確認しました。実験室で倒れているあの男も、しばらくすれば目を覚まし、襲われた時の記憶はなくしたまま何事もなかったかのように自宅へ帰るでしょう」

「ふざけんな!そんなことしてただで済むと思ってんのか!」


 頭に血が上って怒鳴った俺に、キュラス星人は鼻を振るわせてすごんだ。


「黙れ小僧、低級生物の分際で出しゃばるな。われが話をしている相手は、キュラス解放戦線の頭領様だぞ!」

「その呼び名は止めろ!あたしはもう頭領ではない!」

「それでは、再び頭領になっていただきたい。われと共に〝キュラス解放戦線〟を再興し、かつてのように宇宙で暴れ回るのです」

「何度も言ったはずだ。あたしにそんな気はかけらも残ってないんだから」

「何と情けない。それが、かつては〝紅い悪魔〟として宇宙の各星系で恐れられたわれらが頭領の言葉とも思えぬ」

「お前が求めているのは、あたしの異名だけだろう?〝紅い悪魔〟が再び立てば、宇宙各地の荒くれ共が我も我もと仲間に加わってくるのは目に見えている。組織が大きくなれば、あたしなどお飾りにして全体を牛耳ろうという腹じゃないのか?」

「とんでもない。われは頭領を長年崇敬し……」

「でまかせを言うな!〝キュラス解放戦線〟は元々、キュラス星で圧政に喘いでいた貧困層が蜂起し、傲慢な富裕層に対する復讐と国家の転覆を目的にした反政府組織だったのだ。それなのに、規模がどんどん大きくなって、お前たちのような下部組織が上の命令を聞かず、他の星で見境なく人を殺し、金品を奪う強盗集団に成り下がった。組織の規律を統制できない己の無力さに滅入り、リーダーを辞めようと決めた矢先、宇宙防衛軍の一斉急襲によってほとんどの同志が殺害されるか、逮捕されてしまったんだ。あたしは命からがらこの星まで逃げたものの、操縦していた宇宙船が海上を飛行中の航空機に接触し、はからずも墜落させてしまった」


 えっ!?じゃ、まさか、アラビア海での飛行機事故って……。

 黒波は話を続ける。


「海の上で見つけた遺体の一つが、本物の黒波ソラだ。彼女が身に付けていた所持品を手がかりに、あたしはソラの身代わりになることができた。先の見通しなど全くなかったが、思いもかけず、この国に住む少女の祖父と祖母に引き取られ、共に暮らすことになった。幸い、二人は認知症を患っており、あたしを孫と信じて温かく世話してくれた。平和な街で、生まれて初めて他人から愛情というものを注がれ、目が覚めた。そして、自分に誓ったんだ。これからは地球人の黒波ソラとして生き、もらった愛情を祖父と祖母に返していくんだと」


 彼女にはそんな過去があったのか……。身の上を話す黒波の哀し気な横顔を見ていると、こっちまでやりきれなくなってくる。しかし、キュラス星人の方は黙っていなかった。


「ふん、とんだお涙頂戴話じゃないか。それで、あなた様を頼ってこの星まで逃げてきたわれまで殺そうとしたのか!」

「あたしは、一つの決め事を自分に課した。地球人として生きるのであれば、決して地球人の生命エネルギーを奪わない。だから、この高校の生物部に入った。地球人に変身していられる最低限の力を維持するため、飼育生物の体調を悪化させない程度に生命エネルギーを少しずつもらい、地球人が普段から摂取している食品を食べていれば、それが可能だとわかった。ようやく、この生活に慣れてきた時、お前たちがやってきたんだ」

「われらは宇宙警備隊との戦闘で傷つき、囚われてからは生命エネルギーをごっそり抜き取られ、憔悴しきった身にさらなる鞭を打ってようやくここまでたどり着いたのですぞ!」

「だから、かくまってやっただろう!ねぐらになりそうな港の空き倉庫を探し、傷ついていたお前は子ウサギに変身させて学校にね。この星は、特にこの日本国では、人が一人でも傷つき、殺されでもしたら大変な騒ぎになる。だからこそ、人間は襲わず、野良猫や野鳥の生命エネルギーをもらって、ある程度体が回復したら立ち去るように命じたのだ。ところがお前の手下どもはおあつらえ向きの地球人を襲って身代わりとなり、占拠した自宅をアジト化して住民から次々と生命エネルギーを奪いだしただけでなく、挙げ句の果てに高密度エネルギー弾を公園で乱射して警察やマスコミを動かすという愚行まで犯してくれた。お前はお前で、飼育生物の生命エネルギーを見境なしに全て抜き取り、多くを死なせてしまった。おおかた、飼育生物の次は人間をターゲットにするつもりなんだろ?それなら、腕ずくでも止めるしかない」

「ちょ、ちょっと待って!」


 俺はふと頭にわきあがった疑問を黒波にぶつけた。


「じゃあ、塾で担任の岡本に呼び出された後のことを覚えてないって言ったのは……ウソ?」


 黒波は、俺に対して申し訳なさそうに顔を伏せた。


「許して。手下の一人が塾の職員になりすましていると知って、これ以上人を襲わないよう諭し、監視するために……そして、君を守るためにあそこへ行ったの」

「お、俺を?」

「君が、地球人としてはけた外れの生命エネルギー保持者であるのは、入学式の時に一目見てわかった。でも、人の生命エネルギーなんてあたしには不要だったから、ずっと関わらないでいたの。ところが、地球に逃げてきた部下が人を襲い始めたことを知り、エサとして最も狙われやすい存在である君を守らなければと思った。それで、あたしから声をかけて親しくなり、側にいてもらうことで、奴らを遠ざけようとした。塾に行ったあの日、授業が終わってから河川敷で岡本と話し合い、懇々と説得したんだけど、ラチがあかず、もみ合いになったところへ君が。あたしは君の姿を見て、さらに後方から以前校門で見かけた天海さんたちの生命エネルギーを感じ取り、三人がこっちへ接近しつつあるのを知って、反射的に失神したふりを」

「ルナたちが宇宙警備隊員だって、気付いてたんだね。じゃあ、三人が戦闘モードに変身するところも、河川敷でこっそり見てたのか……」

「あの変身方法には、正直度肝を抜かれたわ。でも、最初から三人の正体を知ってた訳じゃない。地球人と異なる生命エネルギーを発してるのはすぐにわかったけど、宇宙警備隊員にしては若すぎるし、この星には様々な惑星からいろんな目的で異星人がやって来てるもの。失神したふりは、念には念を入れただけ。ただ、公園や港の倉庫で手下たちが相次いで失踪した原因は、追跡してきた宇宙警備隊の仕業である可能性が高いと思ってた。一昨日の夜になるまで、それをあの子たちと結び付けられなかったんだけれど」

「そうだったのか……」

「許せん!」


 大声を発したのは、キュラス星人だった。


「われの大事な部下たちが、この街で次々と消息不明になり、どれだけもどかしい思いをしていたか。にも関わらず、敵を手助けするようなマネをして、われまでも亡き者にしようとは、もはや頭領でも何でもない。ついさっき、生物実験室で貴様の生命エネルギーをたんまりもらったお陰で、われにはかつてない力がみなぎっている。どこかの異星人が地球訪問時に隠した宇宙船でも見つけて、即刻この星を脱出し、〝キュラス解放戦線〟を再結成する。宇宙警備隊に襲撃された頭領の最期を見届け、われを時期頭領にするとの遺言を受けた身としてな。フフフ……ハハハハ。貴様はここで、地球人のガキと仲良く死ぬがいい!」


 そう言って、ツメを開いた両腕を大きく上げる。

 黒波が、無念の表情で下唇をかむ。


 今度という今度こそ、これまでなのか……。

 恐怖で動悸が激しくなり、体全体が熱く感じる。


 ミラ、マル、そしてルナ……俺が焦って突っ走ってしまったせいでこんなざまに。ここで俺と黒波が殺されてしまえば、キュラス星人はすぐにどこかへ逃げ去ってしまうだろう。俺がいなくなれば、彼女たちは変身して追跡することもできない。すまない、みんな……。


 だけど、身動きが取れないなら、せめてもの抵抗の証しに、俺を殺そうとする相手を正面からしっかりと見据えてやる!

 絶望的な恐ろしさを堪えて、俺はキュラス星人をにらみつける。


 そして今まさに、尖ったかぎ爪が振り下ろされようとした時!

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