Twenty-ninth shot 現れた本当の敵

 この地球で、日本で、密かに人間のオーラを吸い続けるのは簡単じゃない。そこら中に防犯カメラがあるし、車の多くにはドライブレコーダーが搭載されてる。街中なら通行人に目撃される危険だってある。人を襲って事件が表面化すれば、警備が強化されてそれ以上人間のオーラは吸えなくなってしまうかもしれない。

 だから、高校生に変身してこの学校にもぐり込んだ〝紅い悪魔〟は、例え死んでも大ごとにはならない人以外の生物を狙い、生物部に入って、飼育されているいろんな生き物のオーラを吸っていたんだろう……間違いない。


 そして今、唯一元気を維持している子ウサギのオーラを吸い尽くすために、一人部室に残ってあんなことを!


「やめろ、黒波!」


 俺はそう叫ぶなり、彼女に向かってまっしぐらに進んだ。外見が恐ろしいモンスターじゃなく、可憐な女子高生だったことが、俺にこんな突発行動をさせた。

 黒波は振り返って俺に気付くと、一瞬驚いた顔を見せたが、たちまち恐ろしい形相で子ウサギに向き直り、その首をさらに強く締め付けた。


「やめるんだ!」


 後ろから飛び付いた俺は、黒波の両手をつかんだものの、女子高生の見た目からは想像も付かない力が加わっていてびくともしない。

 子ウサギは痙攣を起こしていて、今にも死んでしまいそうだ。


 実験室に備え付けてある丸椅子が目に止まり、俺は一旦黒波から離れた。こいつの本性はキュラス星人なんだ。だから、女子高生の外見にだまされちゃいけない。自分にそう言い聞かせた俺は、一番近くにあった丸椅子を持ち上げ、彼女の後頭部に叩き付けた。


「うっ」


 この一撃は効いたらしく、黒波は顔を下に向け、よろめいた。丸椅子を横に放り投げ、すかさず黒波の両手を子ウサギの首から引きはがす。

 ぐったりしている子ウサギを抱いたまま、俺は黒波から距離を取り、すぐに逃げられるよう部屋の出入り口まで移動した。


「待って、大鳶くん……行っちゃダメ!」


 膝を折り、痛そうに後頭部を手で押さえる黒波が、悲痛な声で呼び止めた。


「黒波……は、宇宙人なんだろ?……罪を犯して逃げてきた」

「!」


 黒波は明らかに動揺した。それでもやがて、腹をくくったかのように俺を見返す。


「そうよ……」


 彼女の口から信じたくない答を聞かされ、衝撃で言葉も出ない。


「よくわかったわね。やはり、あの子たちから聞いたの?天海さん、白雲さん、星野さん。彼女らは、宇宙警備隊員でしょ」

「三人はまだ知らない。でも、君の部下を追ってここまでやってきたんだ」

「それなら、今抱えてる物を、すぐに捨てなさい!」

「えっ?」


 黒波にばかり注意がいって、助けた子ウサギを忘れてた。でも、あれ?さっき助け出した時より、すごく重くなってないか?しかも、いつの間にか二リットルのペットボトルが六本入った段ボールケースくらいの大きさになっているぞ!そのせいか、腕が痺れてきてる。


 これ、どうなってんの?

 俺は我慢しきれず、巨大化したウサギを出入り口の床に落とした。

 いや、それはもうウサギじゃない。全体を覆うふわふわした白っぽい毛は、ぬめぬめとした深い緑色の肌に変化している。

 その生き物が、俺を見上げた。顔はウサギの面影を残しているけれど、赤い両眼が突然円すい形に飛び出す。


「うぎゃ!!!」


 肝を潰した俺は、あたふたして黒波のいる部屋の奥へと逆戻りした。だって、その生き物はどんどん大きくなり、唯一の出入り口を遮ってしまってるんだから。


「完全に復活させてしまったわ……子ウサギの姿でいる間なら、息の根を止められたのに」


 ぽつりと黒波がつぶやく。


「え?それ、どういう意味?」

「君は、宇宙警備隊の現地協力者なんでしょ?子ウサギの正体が何なのか。あいつの本当の姿を見ればすぐにわかるわ」


 出入り口に目を移すと、その生き物はウサギとは似ても似つかない二足歩行の怪物に変貌していた。

 身長は二メートル近い。体全体が深緑色でイボだらけ。大きな頭にはキョロキョロと動くカメレオンのような両眼、だらりと垂れ下がったゾウみたいな鼻、上半身のあちこちから生える管状の突起物……まさしくキュラス星人だ!


「子ウサギも!?……キュラス星人だったのか!」

「宇宙警備隊が追ってきた囚人たちの最後の一人よ」

「!!!」


 キュラス星人は、のそりのそりと俺たちに近付いてくる。

 黒波は奴を絞め殺そうとしたんだから、相手が友好的にこっちへ来ようとしているとは思えない。


「あいつとは、仲間じゃないのか?グループのボスだったんだろ?」

「それは、昔の話……」


 短くそう言った黒波は、俺を守るかのように、右手を前に伸ばした。

 この部屋で出入り口以外から脱出するには、窓ガラスを破って外に出るしかない。しかし、ここは二階。人間じゃない黒波なら平気かもしれないが、俺がそんなことをしたら良くて骨折、打ち所が悪ければ死んでしまうだろう。


 キュラス星人は、両腕を俺たちに向けて突き出し、鋭いかぎ爪で威嚇する。

 この場を切り抜けるには……。


「こぉらーーー!ぐずぐず居残ってるのはどいつだ!さっさと片付けて帰宅せんかー!」


 廊下からどしどしと足音を立てて引き違い戸を開けたのは、体育教師の広川だった。野球部の指導で出てきてるだけでなく、今日が当直当番らしい。しかし、眼前にいる怪物の姿を見て、広川はその場で立ちすくんだ。

 振り返ったキュラス星人の鼻と上半身の吸引管が広川に向かって一斉に伸び、それぞれの先端が吸盤のように体へ貼り付く。


「ひぃーーーーーーー!」


 悲鳴を上げた直後、広川は突っ立ったまま白目をむき、体を痙攣させた。キュラス星人は鼻と管を収縮させ、広川の体を引き寄せていく。


「チャンスよ。あの教師には悪いけど、奴が生命エネルギーを吸っている隙に逃げましょう!」


 うなずいた俺は、黒波とあうんの呼吸で風を切り、キュラス星人と広川の隣をすり抜けて廊下へ飛び出そうとした。


「ぐっ!」


 廊下を目の前にして、俺の首筋が後ろからがっしりとつかまれた。

 横に並んでいる黒波も前進できないらしく、体をのけ反らせている。

 襟首を押さえ付ける力に逆らって、無理矢理後方に目を向けると、キュラス星人の両腕が鼻や管と同じように伸び、俺と黒波の襟首をつかんでいた。


 オーラを吸われていた広川は、そのうちにぐったりとなり、鼻と吸引管が体から離れた途端、床に崩れ落ちる。

 すると今度は、鼻と吸引管が、黒波を目指してにょろにょろと伸び、体に吸い付いた。


「こいつ、やめろ!」


 声を振り絞った直後、俺の襟首がさらにぐいっと締め付けられた。

 苦しい……目の前が……どんどん暗くなっていく……。

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