Twenty-eighth shot 悪魔の正体

 西の空がオレンジ色を帯びている。


 日曜でも学校内では大抵どこかのクラブが部活をしてるから、生徒は自由に出入りできる。

 校門から入ってすぐ横にある駐輪場は、徒歩通学の俺には普段縁のない場所だが、今日だけはここに自転車を停め、生物部の部室がある南校舎へと向かう。


 グラウンドに目をやると、野球部の連中が顧問であり監督も兼務する広川から激しいノックを受け、フラフラになりながら汗を流していた。甲子園大会の地区予選まであと二か月だから、あいつらも必死だ。

 グラウンドの端には、建て替え工事中の体育館があり、日曜も出勤する建設作業員たちが作業を終えて帰り支度を始めている。


 南校舎に入ると、一階は人影も見えずひっそりとしていた。文化系クラブの大半は校舎内の部室を活動拠点にしてるんだけど、日曜まで部活をしてるところはまずない。


 二階に上がると、ちょうど十数メートル先の生物実験室から顧問の菊地と、数人の部員が出てきたところだった。


「おーい、黒波、作業が終わったら、部屋の鍵を職員室に戻しておいてくれよ。熱心なのはいいが、あんまり遅くならんようにな」


 菊地が部屋の中に声をかけてから、部員たちと一緒にこっちへ向かってきた。

 俺は慌てて三階への階段を上がり、踊り場に身を隠す。部員でもないのにいつも部室の周りをうろちょろし、昨日なんかは部活の手伝いまでしてた俺を、生物部の連中が〝黒波狙い〟の邪魔な男だと感じてるのはよ〜くわかる。これ以上、無用な勘ぐりをされないためにも、ここは見つからない方が賢明だろう。


 一階へと下りていく菊地たちの会話に、耳を傾ける。


「飼育してた全体の二割は、どうにか持ち直しましたよね。一時は全滅かと思ったけど」

「黒波は朝早くに学校へ来て、俺たちが来るまでに適切な処置をずっと丁寧にやってくれてたからな。あいつの努力も大きいよ」

「黒波が飼育を担当してたネザーランド・ドワーフも、親の方こそ命を落としたけど、子の方が元気一杯なのは、あいつの飼育が普段から誰よりもきちんとしてた証拠さ」

「先生が今日は日曜だからもう全員帰れって強く言ってるのに、自分だけは門が閉まるぎりぎりまで学校に残って、生き物の様子をチェックするって聞かないんだから、黒波先輩って生物部の申し子ですよね」

「お前も少しは黒波を見倣って、もっと真面目に取り組めよ」

「そりゃないですよ〜〜〜」


 菊地らの声が遠ざかると、俺は階段を下りて、再び二階に戻った。

 奴らの話の内容から察して、今なら生物実験室にいるのは黒波一人きり。話しかけるには、絶好のチャンスだ。


 実験室の前に立った俺は、わずかに開いている引き違い戸のすき間から、室内をそっと覗き込んだ。

 黒波は、部屋の奥で俺に背中を見せていた。何かの作業をしているというのではなく、ぼんやり立っているように見える。彼女の目の前にあるのは、室内で一番大きなウサギ用の飼育ケージだった。


 ケージの中では、子ウサギが体を丸めて眠っているようだ。彼女は、その様子をただじっと見つめている。

 俺は引き違い戸に手をかけ、彼女の名を呼ぼうとした……その時、黒波が動いた。


 彼女はケージの扉を開け、右手で素早くウサギの首をつかんで外に出した。

 首根っこをつかまれてだらんとぶら下がった子ウサギは、驚いて真っ赤な目をパチクリさせながら黒波を見ている。

 すると、彼女は空いている左手を子ウサギの首の正面に持っていき……あろうことか、ぐいっと締めた。

 子ウサギは手足をバタバタさせ、苦しみもがいている。


 俺の恐ろしい想像は、とうとう的中してしまった。黒波ソラこそが、凶悪犯罪集団の首領としてこの地球に逃げてきたキュラス星人、〝紅い悪魔〟だったんだ!

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