Twenty-seventh shot 〝紅い悪魔〟の行方

 日曜の早朝から、ルナたちは出かけていった。リストアップした四人の家族構成と職業に間違いはないか、再度確認するために。


 一方の俺は、よく眠れなかったせいでもあるんだろうけど、オーラを抜かれた時の倦怠感とは別のけだるさと、胸に重しが乗っかったような、すっきりしない心持ちとが相まって、外に出ようという気になれなかった。


 部屋の中でゴロゴロしているうちに時間だけが経過し、ジャンクフードとジュースを昼飯代わりにして、再びベッドに寝っ転がる。つけっぱなしのテレビを眺めていても、番組の中身は全く頭の中に入ってこない。こんなことしてたって、不安は全然解消されないし、何も進展しない……。


 悩んだ挙げ句、俺は意を決して外出の用意を整え、自転車に乗った。

 向かうのは、黒波の家だ。

 彼女が高校入学前に何をしてたのか、それさえ確認できれば、余計な邪推をする必要はなくなる。


 黒波家の前に着いた頃には、午後三時を少し過ぎていた。

 門のインターホンを押して名乗ると、おばあさんの声で門扉に鍵はかかってないので中に入ってくるよう告げられた。

 昼間、明るい時間帯に改めて見ると、敷地内には美しい日本庭園が設けてあり、母屋は武家屋敷みたいに立派な佇まいをしている。


 母屋の玄関を開けると、上がり口で黒波のおじいさんとおばあさんが揃って機嫌良く出迎えてくれた。


「あら〜、よく来てくださったわね〜」

「あいにくソラは朝から学校に行っとるんじゃ。何でも、クラブで飼育している動物が弱ってしもうて、世話をせにゃならんらしい」

「そうですか、じゃ、学校に行ってみます」

「まあまあ、せっかくここまで来てくれたんだから。もうおやつの時間だし、あなた、お腹減ってない?」

「減っては……ないです。昼にポテトチップスとかコーンスナックとか食べましたから」

「お昼ご飯にポテトチップスなんて、そんなのいけないわ!すぐに何か作ってあげるから、とにかくお上がんなさい」

「いえ、そんなのご迷惑です。ソラさんが留守なのに、俺、いや僕が勝手に上がり込んでごちそうにはなれませんよ」

「若いもんが、遠慮なんぞしてどうする。年寄りの厚意は、素直に受け取るもんじゃ。それに、ごちそうと言うても、それほど大層な物は出さんから。さあ、早く」


 俺は二人に手を取られて、とうとう家に上がらされてしまった。

 畳敷きの客間に案内され、しばらくするとおばあさんが地元の郷土料理でもある鯛飯を大きな握り飯にして、みそ汁と一緒に持ってきてくれた。


「昨日の晩ご飯の余り物を握ったんだけど、あなたみたいに若い人なら、これくらいぺろりと食べられるでしょ。まだたくさんあるから、どんどんお代わりしてね」


 テーブルに置かれた美味そうな握り飯を前にすると、それほど腹は減っていなかったのに、体は結局まともな食事を求めていたらしく、たちまち食欲が増してくる。二人の気持ちに甘えて、俺は握り飯を手に取り、かぶりついた。

 がつがつと頬張っている様子を、おじいさんとおばあさんは嬉しそうに眺めている。

 黒波がいないのであれば、二人から話を聞けばいい。俺はそれに気付き、米粒を一旦ごくりと飲み込んだ。


「あの……ソラさんは、高校に入学する前は、この街のどこかの中学校に通ってたんですか?」

「いや、あの子は……高校に入学する直前に、中東から一人で帰ってきたんじゃ」


 それまでにこやかにしていたおじいさんとおばあさんの顔色が、突然曇った。


「ソラさん、中東にいたんですか?」

「わしの一人息子は石油化学プラントの技術者で、八年前から家族とずっと向こうで暮らしておった。わしの造船会社を継ぐのを拒み、絶縁状態となってな。ところが……二年前、息子の乗った飛行機が原因不明の事故でアラビア海に墜落し、嫁共々帰らぬ人になった。乗員と乗客百五十人以上が全員犠牲になったが、海の上の事故ということもあって、遺体で見つかったのはたったの一割じゃ。息子も嫁もいまだに行方不明。当初の現地報道では、乗客名簿にあったソラも行方不明者に含まれておったが、風邪をひいて自宅で留守番をしていたことが後でわかり、無事だった。いくら縁を切ったとはいえ、息子夫婦の一人娘で、わしらにとってもたった一人の孫であるソラを引き取るのは、当然のことじゃ。領事館に保護され、帰国したソラは、長い間見んうちにえらく綺麗な娘になっておったが、親をなくしたショックから誰とも口を利かず、塞ぎ込んでしもうてな」

「でもね、息子たちが住んでた街には日本人学校がなくて、日本語のできる現地の優秀な大学生が家庭教師になってみっちり指導してくれたようで、お勉強はとっても良くできたから、今の高校にはすんなり入れたの。後はあの子が、楽しい学校生活を送れるか、親しい友人をつくれるか、それが心配で……。けれども、入学後は私たちとも徐々に世間話ができるようになって、学校で生物部に入ってからは見違えるように明るく、おしゃべりにもなってくれたのよ」

「そのうえ、あんたみたいなボーイフレンドまで連れてきた。これでわしらも一安心じゃ」

「ボーイフレンド!ですか?……僕は、そういうのじゃないと思うんですけど」

「何を言う。あの子の嬉しげな、そしてどこか気恥ずかしそうな顔を見れば、わしには全てお見通しじゃ。なあ、ばあさん?」

「ええ、ええ、本当に真面目そうなボーイフレンドさんで、ありがたや、ありがたや」


 おばあさんは、客間にあるチェストの引き出しから、一冊のフォトアルバムを取り出して、テーブルの上に広げた。


「大鳶さん、見てちょうだい。おじいさんは大きくなってから別人みたいに綺麗になったように言ってるけど、ソラちゃんは小さい頃から可愛かったのよ〜」


 アルバムには、小学校低学年らしき女の子の写真が何枚も貼り付けられている。

 でも、この女の子……いくら八年以上前の物だからって、今の黒波とあんまり似てない。

 顔がアップになってる写真に目を凝らす。

 まぶたは二重、鼻はやや高く、アヒル口で、幼いながらも華やかな面立ちの子ではある。だけど整形手術でもしてない限り、切れ長の一重まぶたや、ちょっぴり低くて形の良い鼻や、小さな口が魅力的な今の黒波とは別人じゃないか?


「ここに映ってるの……どれもソラさんですよね?」

「そうですよ。ソラちゃん、美人さんに映ってるでしょ?」


 頬を緩めて幸せそうに写真を見ているおじいさんとおばあさんに、似てないとか別人じゃないかとかはいくらなんでも言えない。

 適当に相づちを打ち、食事の礼を言って、俺は黒波家の門を出た。

 胸の中のどんよりとした影は、ますます広がっていく。


「あら?ソラちゃんの学校のお友だち?」


 門前で声をかけてきたのは、見知らぬ中年の女性だった。


「あ、いきなり呼び止めてごめんなさいね。私、黒波のおじいちゃんとおばあちゃんを担当してるこの地域のケアマネージャーで、越智朋子って言うの」

「大鳶貴賀です。ソラさんと同級の」

「まあ、ソラちゃんの高校の。黒波さんのお家、よく出入りしてくれてるの?」

「いいえ、中に入れてもらったのは今日が初めてで」

「あら、そうなの。なら、これからちょくちょくソラちゃんを尋ねがてら、おじいちゃんやおばあちゃんの様子も見てあげてね。私や看護師さんも定期的に見回りに来てるけど、人の目は少しでも多い方がいいから」

「はい……あの、おじいさんとおばあさん、どこか悪いんですか?」

「見かけだけじゃすぐにはわからないけど、三年ほど前から二人同時に認知症がどんどん進行してね、体力も弱って、一時は施設に入ろうってことになってたの。そんな時に孫のソラちゃんが海外から帰ってきて、病状が急に好転しちゃった。あの子を養育しなきゃいけないっていう強い思いが、残りの人生の目標や張り合いをもたらしたんだと思う。物忘れや勘違いも随分少なくなったとはいえ、まだゼロって訳にはいかないから、私たちみたいな福祉スタッフがケアしてるのよ」


 トドメの一撃を食らったようなショックだった……。


 恐ろしい想像が、頭の中を駆け巡る。しかもその想像が真実である可能性は、限りないゼロの状況から、わずかに、しかも段々と高まってきているんだ。


 一年三か月前、地球にたどり着いた〝紅い悪魔〟は、中東で起きた飛行機事故の混乱に紛れて……本来は両親と共に死んでいた黒波ソラに成り代わったんじゃ?

 そして、認知症で正常な判断ができにくいおじいさんとおばあさんの家に入り込み、俺の高校へ……だから、校内にいた黒波と矢野の二人がセンサーに引っかかったのか?

 生物実験室で動物が大量死した原因は、キュラス星人である黒波がオーラを吸い取ったからでは?


 ああ!もう頭はぐちゃぐちゃだ!

 にしても、あの黒波が……いや、そんなバカな!ありっこない!ありっこないじゃないか!


 俺はケアマネージャーの女性と別れてから、学校へと自転車を走らせた。

 こうなったら、本人から直接聞くしかない。

 直接聞いて、俺のバカげた妄想と疑惑を消し去るしか……。

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