Twenty-sixth shot  あり得ない疑惑

 学校から家に帰った時には、日が暮れかかっていた。


 あれからケージの掃除に加え、死んだ生物の焼却まで手伝わされて、すっかりくたびれた。何せ、昼飯抜きでこき使われたんだから。


 黒波は生き残った淡水魚の世話を任されたので、校庭の焼却炉にいた俺とは側にいるどころか完全な離れ離れ状態だった。


 夕暮れになって俺はお役御免となったが、生物部の連中は子ウサギや、きれいにした水槽の魚に異変が起きないかもう少し観察するため、菊地に自主的な居残りを申し出た。

 一人、生物実験室から出て行った俺を、黒波が申し訳なさそうな顔で追いかけてきた。


「大鳶くん、今日は大変な迷惑をかけちゃって……」

「いいや、こんなの大したことないって」

「また来週、ゆっくりお話ししましょ……二人で」

「ふ、二人で?……う、うん、もちろん」


 生物実験室に戻っていく黒波の背中を目で追い、彼女の姿が部屋の中へ消えてからも俺はぼんやりと引き違い戸を見入っていた。

 体は疲れていても、心は躍る。今の感情を表現するなら、そんなところだろうか。


 鼻歌を口ずさみながらマンションに戻った時、すでにルナたちは部屋に帰っていた。

 彼女らも帰った直後らしく、ミラはテーブルに肘をつき、手の甲にアゴを乗せて伸びている。


「貴賀、帰ったのか〜〜。腹減った〜〜。飯〜〜〜〜〜〜」

「わかったよ。今からコンビニで買ってくる。で、調査の成果は何かあったの?」

「あかん、ゼロや。ていうか、振り出しや〜〜」


 情けない声で返事したのは、カーペットの上であぐらをかき、マルチタスクギヤを操作しているマルだった。

 その隣で正座して、マルの操作を見守っていたルナも冴えない表情だ。


「リストアップされた四人とも、見込み外れだったんです」

「全員、キュラス星人の疑いがないってこと?」

「ええ。自宅の張り込みと近隣の聞き込みから、一年二組の高橋健三さんは両親と三人、三年三組の引地理恵さんは両親と妹の四人、美術教師の大山岩夫さんは妻と娘の三人、学校用務員の小西佳典さんは母と妻と息子、娘の五人暮らしとわかりました。本人以外の同居者に、外で大勢の人と接する会社員、パートタイマー、学生が一人以上いるようだし、家族ごと襲われている可能性も低いかと」

「だとすると、もう学校にはいないんじゃ?」

「いいえ。初めて学校を訪れた火曜日、確かに生体放射エネルギーセンサーは二人以上の存在を示してました。矢野さんに化けた一人のほか、少なくともあと一人がまだ校内にいるはず」

「でも、該当者がいないんじゃ……」

「わたしたち、何かを見落としているんです……大事な何かを」

「しかも残っとるんが、囚人番号三〇三一。一番厄介なリーダーや。あいつを生け捕りにすんのに、宇宙警備隊は二人が死亡、十一人が重軽傷を負わされたんやからな〜〜」


 そう言いながら、マルは機械とにらめっこしている。

 マルチタスクギヤは、一見ノートパソコンのような形状で、上部はディスプレイ画面、下部が操作面らしい。でも、操作面にはキーボードもタッチパッドもなく、平板なガラス面になっていて、マルはその上にただ右手を置いているだけだ。


「前から聞こうと思ってたんだけど、手を置いてるだけでどうやって検索とか文書作成とかできるの?」

「ああ、これは脳波入力タイプやから。地球やと、キーボードとかいう装置で文字を打ったり、マイクに向かって話す音声入力やったり、あてらから見るとえろう古いシステムでしか機械の操作ができんみたいやな。脳波入力は、脳から生じて体を流れる電気信号、つまり脳からの命令を手のひらから抽出して読み取るシステムなんや」

「こんなめんどくさいことになるんなら、ひと思いに小惑星爆弾でこの地球ごと木っ端みじんにすれば手っ取り早いんじゃないか?」

「ミラさん、乱暴なこと言わないの!

「ほんまやで!そないなことしたら、あてらや貴賀はんまで吹っ飛んでしまうやないの」

「だから〜、救援隊が来て、あたいたちと貴賀を宇宙船に収容してもらってからの話だよ」

「いい加減になさい、ミラさん!」

「なんぼ四等級惑星やからて言うても、現住生物の乱獲や大量殺戮は、銀河条約で厳しゅう禁じられてるんやからね」

「言われなくたって、そんなのわかってるさ、全く、冗談の通じない奴らばかりだよな〜」

「ミラさんの冗談は、いつも度を超してるの!」

「ほんまやで。いっつも真面目な顔して、たちの悪い軽口をたたくんやから……って、ちょっと待って!この情報、初耳やで!?ルナちゃん、ミラちゃん、ちょっとちょっと!」


 ディスプレイを食い入るように見つめたまま、マルが手で招く。


「どうしたの、マルさん?」

「何か面白いネタでも見つけたのか?」


 ルナとミラが、両側からマルと顔を並べてディスプレイに目を落とす。

 一応、俺も彼女たちの後ろからディスプレイを見たものの、全く理解できない文字の羅列で、内容はさっぱりわからない。


「それ、何が書かれてるの?」

「宇宙警備隊データバンク検索で、囚人名簿から引っ張り出した三〇三一号のパーソナル情報や。目を通してへんかった備考をチェックしてたら、こんな記載を見つけてもうた」


 マルがディスプレイの一部分を指し、ルナが「こう書いてあります」と続けて声にした。


「三〇三一号をリーダーとする強盗団は、かつて宇宙を股にかけて凶悪犯罪を重ねていた武装集団〝キュラス解放戦線〟に属する下部組織の一つに過ぎなかった。〝キュラス解放戦線〟はキュラス星人を主体とする組織だったが、キュラス星の治安維持部隊や宇宙警備隊では始末に負えず、遂に宇宙連合軍が討伐に乗り出して、大半のメンバーを殺害、もしくは捕縛し、組織の解体に成功。三〇三一号はじめ配下の四名は、逃げ延びた数少ないメンバーだったが、もう一人逃走に成功したのが、組織の首領で、キュラス星人には珍しい真っ赤な肌であることからあだ名された通称〝紅い悪魔〟である。彼女は銀河系方面に逃げたと推測されているが、現在までその消息は不明」

「宇宙連合軍による討伐作戦が実行されたんは、地球時間で言うと、一年三か月前や」

「おいおい、これって、まさか三〇三一号は、かつての親分を追って、銀河系の地球まで来たってことじゃないのかよ。つまり、〝紅い悪魔〟は地球に潜伏してるってか?」

「そう考えれば、彼らが何故辺境の地にある地球に来たのか、説明はつくわね」

「こりゃとんでもない手柄を立てる大チャンスだぞ。あたいたちが〝紅い悪魔〟を逮捕すれば、二階級特進、いやいや三階級特進は間違いなしだ!」

「そやけど、相手はあの〝紅い悪魔〟やで。とりわけ強い力を持ってると噂されてるし、そんな悪党を、援軍もなしにあてらだけでやれるか?しかもたった三分の間に」

「そんなのやってみなけりゃわかんないだろが」

「〝紅い悪魔〟は、伝説的な殺人鬼よ。失敗すれば……わたしたちはもちろん、現場にいなければならない貴賀さんも、命はないわ」


 ルナの一言に、ミラもマルも口ごもった。

 俺の胸の中で、黒い霧がどんどん広がっていく。

 学校には確実にもう一体のキュラス星人がいる……俺が入学した一年二か月前なら、そいつが新入生として紛れ込んでくる可能性も……生物実験室で起こった飼育動物の不審な大量死……キュラス星人は、人間だけでなく、生命体なら他の生き物のオーラだって吸い取れるはず……。


 あり得ない推測と疑惑が、湧いては消え、湧いては消えを繰り返しつつ、そのぼんやりとした思考の端っこに、ある人物の影が見え隠れする。

 黒波ソラ……まさか、彼女が関係してるなんて……いくら何でもあるはずない。でも……。


 ルナたちの寝相の妄想なんかどこかへ飛んでいき、その夜の俺はかき消そうとしても消えない雑念と、どんよりとした胸騒ぎのせいで、まんじりともできなかったんだ。

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