【すくえ】

言乃花

【すくえ】

「なんだこれ?」


 ネットで漫画を読んでいたのだが、変なサイトを踏んでしまったらしい。


“ おめでとうございます!”


 よくある詐欺か。あのスマホとか貰える。


“このプログラムに当選された貴方には過去の自分にメッセージを送る機会が与えられます。”


「なんだそれ?」


 思っていたのとは違うようだ。


“送れるのは5回まで平仮名か数字5文字以内です。”


「少なすぎだろ。」


 どうやら、下のフォームにメッセージを入れて年月と時間を設定して送信すればいらしい。なんと子供騙しな。


「まぁ、減るもんじゃないし。」


 どうせこのサイトにアクセスした時点で個人情報も何もない。それなら、1つ乗ってやろうじゃないか。


「何がいいかな...。」


 5文字で伝えられて、過去を変えられる事...そうだ!


【そうこみろ】

 2019年9月6日金曜日17:30


「送信っと。」


“送信が完了しました。”


 特に何も起こらない。ただ、ちゃんと残りの回数は4になっている。

 ベットにスマホを投げ捨てる。

 期待していなかったとはいえちょっと残念だ。


「俺は振られたままか。」


 ベットに仰向けになり、あの日の事を思い出す。


 ■□▪▫■□▫▪■□


 2019年9月13日午後17:00


 中学3年の俺は体育館裏に来ていた。

 予定より30分も前に来てしまい、する事も無く...というのは嘘で階段に座って告白の返事なんかを考えていた。

 朝、下駄箱に入れられていた手紙をもう一度ポッケから取り出す。


“あきら君へ


 伝えたい事があります。

 今日の17:00体育館に来て下さい


 ゆり ”


 同じクラスの気になるあの子に告白される日が来るとは!!

 なんて思いながら待つこと30分。


「ごめん!遅くなった。」


 長いポニーテールを揺らしながら彼女は駆け寄ってくる。胸の鼓動が早くなるのがわかった。


「そうこみろ」


「えっ?」

 突然自分の声が聞こえた気がした。

 階段を降りて辺を見回す


「あきら君どうしたの?」


 体育館倉庫と言えば...

 彼女がやって来た方向、ここから30m程先に3つ程ある。


「そうこが何だ?」


「あっ、あきら君?なんでそっち行くの?」


 視線を凝らすと倉庫から3つの頭がひょっこりはんしていた。俺はその一瞬で全てを理解した。彼女達のニヤニヤが全てを物語っている。


 危ない所だった。結局自ら告白しようとしていたのだから。カッコつけてとんだ大恥を...。


「あれっ!?俺告白したよな...。」


 変わっている。過去が。

 そういえば先程送った5文字がちゃんと過去に届いていた。

 あれが無ければ俺から告白したはずだった。その後ネタばらしされてディスられて...。


 もう一度あの時の事を思い出す。あの後、


「あそこに居るのは誰?」


「えっ、何のこと?」


「ほらあそこ、貴方の友達じゃないの?」


「ちっ違うから!そっち行かないで!!」


その後罰ゲームとやらに失敗した彼女は俺とは口を聞いてくれなくなった。

うーん、なんと酸っぱい思い出。それにしても、


 過去が変わったんだ。

 本当に、これが本当なら、


「あれどこだ?」


 急いで本棚を漁る。

 テスト用の収納フォルダを取り出し、ベットの上にぶちまける。


「確かこの前のテストは...あった。」


 ほんの1ヶ月前のテスト。98点の数学のテスト。


 満点だったらゲームソフトを買って貰えるという約束だった。だかしかし、たった一問の計算ミスでその夢は破れた。


「あれは3時間目ぐらいだから...。」


【9は12】

 2021年7月15日11:00


 送信!

 ■□▪▫■□▫▪■□


 さて結果はどうだ。手元にあったテストを見てみる。


「よしっ!よく信じた俺!ということは!」


 本棚の下、ゲームの入った箱を取り出す。


「入ってる!やっぱり現実なんだ。」


ちゃんとプレイした記憶もあるようだ。こうやって目に見える形で実現されると信じざるをえない。


「なら、」


机の上の写真立てを手に取る。そこには二人の親と少年、そして可愛らしい少女の笑顔が輝いている。この写真を随分色褪せてしまったようだ。それを裏返し、蓋を開け、畳まれた新聞の切り抜きを取り出す。


 きっとあの日もやり直せる。絶対にやり直してみせる。


 妹が転落死したあの日を。

「俺が守るから。」


【あやねを】

 2015年6月25日15:30


 送信。


 ■□▪▫■□▫▪■□▪▫


 2015年6月25日15:30


 家には小学生の兄と妹の2人きり。両親は共働きで家にはいなかった。


 兄が公園に行くためバットを背負い、いざ出掛けようとした時、


「あやねを」


「あれっ?あやね?」


 突然聞こえた大人の声、お父さんの声に似ている気がした。一応妹を確認しに行く。


 靴を脱いで、廊下を渡り妹の彩音の部屋をノックする。


「どうしたの?」


 髪を結んでいる途中なのか、櫛を持って彩音が顔を覗かせた。


「いや、ちょっとね。そういえば、彩音今日どこか行くのか?」


「うん。友達と遊ぶの。」


「友達?」


「うん!」


 彩音はいつもシャイで公園に連れて行っても1人で砂場遊びばかりしていた。そんな彩音に友達が出来たのか!

 頭を撫でようと手を挙げたが、髪を結んでいる途中だと思い出し手を下ろした。


「それでどこで?」


「家で。いつもは咲さんのお家に行くんだけど、今日はこっちに来てくれるって!」


「咲さんってどんな人?小学校の人?」


「違う、もっと大人。お父さんの知り合いだって。いつも美味しいお菓子を作ってくれてとっても優しいの!」


 お父さんの友達の咲さん...聞いた事ない。


「どこで知り合ったんだ!?」


「このマンションのエレベーターで一緒に乗る事が多くて仲良しになったの。505号室の人だって。」


「そうか。家に来る事お母さんには言ったのか?」


「ううん。言ってない。だけど1回だけだから、ね?内緒にして。」


 上目遣いで目を潤ませる。妹のおねだりに俺は弱い。


「1回だけだからな。」


 心配な気持ちもあるけど、咲さんを信じる事にした。


「じゃあ、俺公園行くから。ちゃんと鍵閉めといてな。」


「わかった。じゃあね。」


 その後、ベランダから少女が転落したと通報があり、救急車が駆けつけた。駐車場で頭から血を流す少女をすぐさま病院に運んだが間に合わなかった。通報した人によると、少女はベランダの柵から身を乗り出し真下の何かに手を伸ばすように落ちていったそうだ。


 すなわち、俺は彩を助けられなかった。


「クソっ...どうすりゃいいんだ。」


 たった5文字では伝わらない。彩音を助けるにはずっと俺が傍に居ないといけない。それと...


「誰だよ咲さんって。」


 505号室の咲さん。それはメッセージを送った事で初めて知った。送る前は彩音と話す事無く公園に向かったから。彩音が搬送されたのは16:15と聞いた。それなら、咲さんが家に居たはずだ。何故咲さんは彩音を止めなかったんだ


「あと2回...。」


 何を送ればいいんだ。もし事件ならば、彩音が咲さんに殺されたのなら、何としてでも彩音を咲さんとが2人きりなる状況を作ってはいけない。あの日、仮に2人を引き離せたとしても別の日に実行されるなら意味がない。といっても、全て憶測だが。それらを調べるには俺1人じゃ何ともならないだろうし、何よりこのサイトに制限時間なるものが存在してしまえば全てが台無しである。

 嫌だ、彩音を取り戻せる折角のチャンスを無駄にしたくないのに。


「嫌だ...嫌だ...彩音。」


 そういえば...メッセージは“1回5文字”と決められているが、繋げれば文に出来るはず。あと、2回だから10文字。これなら!


「よしっ!」


 俺の理想は、殺人事件ならばその後を考えて犯人をそこで倒してしまいたい。だから、あの日に警察に引き渡すしかない。事故ならば彩音が落ちそうになる所を助けるだけだ。


 送信

「頼む俺。」


 ■□▪▫■□▫▪■□


 2015年6月25日15:35


「わかった。じゃあね。」

 彩音が扉を閉めた。少し心残りはあるがまあ大丈夫だろう。そう思い再び公園に向かおうとした時


「いえでみは」

「れしぬぞ」


「えっ。」


 いえでみは、れしぬぞ?

 また、男の声に足止めを食らう。

 いえ、で、みはれ、しぬぞ...いもうとを...

 妹を家で見張れ死ぬぞ

 死ぬ?彩音が?


「さっきから何なんだ。」


 気にせずに出掛けようと思った。だけど、もし本当なら...。

 もう一度妹の部屋をノックする。


「彩音!やっぱり今日うちにいるわ、鍵閉めなくていいぞ。」


「何で?」


 部屋の中から声が聞こえる。


「いや、あのさ、ほんとに咲さんって人大丈夫なのか?」


「は?咲さんの事疑ってるの?」


「それは、少し。」


 ガチャ

 扉を開けた彩音は小刻みに震えている。


「私達の邪魔しないで。」


「彩音、そいつに何されてるんだよ?脅されてるのか?」


「もう出てって!早く!」


 彩音の目がつり上がり鬼の様だ、何かに狂っているようにも見える。


「どうしたんだよ?」


「いいから出てけ!!早く、早く会わないと!」


「痛っ。」

 ドンと尻もちをつく。結局、外に追い出された。 幸運にもポッケに鍵も携帯もあるから良いのだが。


 これからどうするか。

“ 死ぬぞ”その一言がどうにも引っかかって仕方がない。それに、あの彩音の態度...。


 咲さんとやらが家に来るのを待とう。あの男の声に従おう。


 ピンポーン


「いらっしゃい!今日もあのケーキあるよね!?」


「こんにちは。もちろん!ほんとに好きね、作りがいがあるわ。」


「だってすっごくおいしいんだもん。夢見心地ってやつ!」


「ふふっ、おじゃまします。」


 二人の会話を聞くと、咲さんは優しいお姉さんといった感じ。


 2人は家に入った。もう少ししてから俺も家に入ろう。


 作戦はこうだ。静かに家に侵入する。彼女らが居そうな候補は2つ、リビングか彩音の部屋だ。リビングは玄関から直進してすぐ、彩音の部屋は玄関を出て左に曲がってすぐ、ちなみにその奥が俺の部屋。

 もしリビングに彼女らが居るなら彩音の部屋から、彩音の部屋なら俺の部屋から声を盗み聞きする。理想は後者。


「よし、そろそろいいだろう。」


 携帯を確認すると彼女らが入って5分は経っていた。作戦開始だ。まずは、ドア。鍵を開ける時どうしても音がなってしまう。相手が気づかないようにしないと。

 そっとドアノブに手をかける。試しにちょっと引いてみる。

 いや開くんかい!

 これは幸い、鍵を掛けていなかった。

 そのまま丁寧にドアを開け、身体を滑り込ませると、ゆっくりゆっくり閉じる。

 第1ミッションコンプリート、なんかスパイみたいだ。

 次だ、耳を澄ませる。リビングなら右、彩音の部屋なら左。


「早く早く!」


「もうちょっと待ってて。」


 左だ!慎重に廊下を渡り俺の部屋に入る。順調だ。ベッドに乗って壁に耳を押し付ける。


「いつもの蜂蜜たっぷりお願いね。」


「初めからそのつもりよ!」


「わーい!美味しそう!そういえばそのケーキ何が入ってるの?」


「何って...まあ、教えてもいいか。魔法のお薬です!」


 薬だと?なんだそれ?まさかアレなんて事は...


「へー。それのおかげで起きてるのに夢見てるみたいな感じになれるの?」


「そうよ。だから何も考えられないぐらい幸せになれるでしょ?」


「うん!凄いねそれ!」


 そんなの、そんな薬...違法薬物とか言うやつに決まってるだろ。嘘だろ、ほんとに、ほんとに彩音は薬物を食べてるのか?いや、そいつに食べさせられて来たのか?だからなのか?さっきのあの態度は中毒症状とか言うやつなのか?


「ほら召し上がれ。」


「いただきます!」


 やめろ、やめてくれ!


 咄嗟にベランダに飛び出た。ちゃんと彩音達の死角になるように端へ逃げる。ここなら姿も見えないし、声も聞こえない。そう、今まさに震えている足も嗚咽も聞こえないはず。今は怒りよりもショックが凄い。何故今まで何も気づけなかったんだ。どうして、こんなになるまで...1度手を出してしまえばもう終わりだ。それを何度も...


「今助けるから。」


 気持ちは整えた。持っていたバッドを再度握りしめる。ベランダから彩音の部屋に突入しようとしたその時、


「彩音?」


 ベランダにフラフラと彩音が現れた。


「そうそう。そのまま真っ直ぐ。」


 あの女の声が聞こえる。どういうこと?


「そのまま下を覗いてご覧。素敵な景色よ!」


 彩音が躊躇無く身を乗り出す。


「危ない!!!」


 ギリギリの所で足を引っ張る。彩音はヘラヘラと笑っていた。

 見上げると女の目がギラリと光る。


「邪魔するな!」


 降ってきた右拳を咄嗟にかわす。とりあえず彩音を俺の部屋に投げ入れ、ガラス戸をしめる。俺は、バッドを再び両手で持つ。


「よしっ。」


 再び彩音の部屋に向かうと女が居ない。


「どこ行きやがった。」


 逃げられたのか?

 扉を開けて廊下に出たその時だった。


 グサッ


 腹が痛い、痛い、痛い

 視界がグルっと回り動けない

 左の脇腹を抑える手が生暖かい

 パトカーのサイレンが遠のいていった


「あやね、あっや...。」


 ■□▪▫■□▫▪■□


“ おめでとうございます!”


 突然スマホに表示されたサイト初めはびっくりした。神様がくれたラストチャンスだと思った。


 あの日、兄が殺された日。私があの女と出会わなければ、あのクッキーを食べる事が無ければきっと来なかったあの日。

 お兄ちゃんが通報しておいてくれたおかげであの女は捕まった。だけど、我が家はハッピーエンドでは無かった。

 アイツの父への復讐は成功したんだ。恨みを買ったせいで息子を無くした父と薬物に手を出した娘。家庭が壊れるには十分だった。


 もうしんどいと思ってた今、一筋の光にしがみつこう。


「お兄ちゃんを助けなきゃ。」


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【すくえ】 言乃花 @kotonoha_ohana

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