第33話 終焉もしくは円。

1.


 良かった。

 やっと外に出ることが出来た。

 やっとカウマイから出ることが出来たんだ。


 僕は家に帰る道すがら、会心の笑みを浮かべる。


 小学校に取り残してきたかつてのクラスメイトの姿を思い出した。

 闇の中に呆然と立ち尽くしていたあの姿を見ると、笑いが止まらなかった。



 あいつは小学校五年生のときも、いるのかいないのかわからないくらい目立たない奴だった。

 友達もほとんどいない。だからカウマイが何であるかもわかっていない。

 最後まで、僕のことをまったく疑っていなかった。


 小学生の時からそうだった。

 何もわかっていないくせに、必死で分かっているフリをして、話を合わせて、その姿がどうしようもなく滑稽だった。


 今夜ずっと一緒にいたが、余りに存在感が薄いので、もう顔も思い出せなくなっている。

 

 名前だって未だに思い出せないのだ。



 あいつはあの場所でカウマイによってどうなるのだろうか?


 黒須のように滅多刺しにされるのだろうか?

 シノのように人体模型として壊されるのだろうか?

 ユカリのように焼身自殺するのだろうか?

 璃奈のように永遠に落ち続けるのだろうか?


 しかしどれもこれも僕にはもう関係ない。

 僕はカウマイから出られた。

 大人になるのだ。

 こんな子供じみた茶番からはおさらばだ。



 僕は外の空気を大きく吸い込む。

 そうして星空の下を、鼻歌を歌いながら家まで歩いた。




2.


 その後の日々は穏やかに流れていった。

 僕は大学に行き授業を受け、アルバイトをして、彼女と会ったりした。


 もうそろそろ就活にも本腰を入れなければならない。

 そんなことを同い年の彼女と話して、家まで送って別れた。



 そうして家に着いたと同時に、不意にスマホが着信を知らせてきた。

 画面に映っているのは、通話の通知だ。

 

 珍しい。


「久しぶり」


 僕が画面を開いてスマホを耳を当てると、遠い記憶のどこかで聞いた覚えがある声が聞こえてきた。


 僕と同い年くらいの男の声だ。

 聞き覚えがあるような気がするが、どうしても思い出せない。


「覚えているかな? 僕のこと」


 僕が覚えていないことを謝ると、彼は「気にするな」と軽く笑いながら言った。

 それから付け加える。


「僕のことは覚えていなくても、『カウマイ』のことは覚えているだろう?」


 男の言葉に僕は呆然として呟く。


 カウマイ?

 馬鹿な。だって僕は「カウマイ」からは出たんだ。

 「円」を閉じ、「縁」を切ることで。



 カウマイは「円」である。



 不意に僕の思考を読んだかのように、電話の向こうの男が低い声で呟いた。

 僕はギョッとして、通話口から耳を僅かに話した。


 電話の主の男が言った。


「自分が円の一部である場合、その円を認識することはできない」


 男は厳かな口調で続けた。


「ねえ、君はまだ、円であるものの中にいるんだよ」



 そして嗤った。

 楽しげに。


 カウマイは「円」である。



 名前もわからない男は、嗤いながら言った。


 終焉はない。



                (終)


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カウマイが存在することを証明する  苦虫うさる @moruboru

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