第5話

「そうですか……」

正直、凪としては困惑している。

「そうですね、おれの言えることとしては、これはおれの相続の関係なんで」

「……舞乃さんにも冷たかったんですよね。舞乃さんに子供がいないからってなんであなたのこと気にかけてたのか、わからないな」

「あなたも人の家のことにずけずけ入ってくるんですね」

「ここ数年ずっと舞乃さんと話してきたの、私ですから」

「……初対面のひとに言いたくはないけど、叔母の兄のおれの父も、おれの母ももう死んでるし、おれには兄弟もいないし、母方の親類もいない。叔母がいなくなってひとりです。そのくらいは叔母から聞いてるでしょう。それなり、おれは叔母を頼っても迷惑だなと思ってそれなりやってきたけど、確かにおれは叔母が死んでも大して泣きもしない冷たい人です。いいです、大家にはならないで、誰かに売ります。おれはおれが働いて生活できればいいから」

「っ……」

渚は明らかに驚いた顔をした。

凪は、聞いてないですか? と言おうとして、それはあまりに意地悪な報復だと気づいたので黙った。二人の間に気まずい沈黙が下りる。

しばらくして、渚が頭を下げた。

「ごめんなさい。私が失礼を言いました」

素直すぎる渚の謝罪に、凪のほうが戸惑うくらいだ。

「舞乃さん、あなたの境遇については何も……言ってなかったです。なのに私、舞乃さんの気持ちを分かったつもりでいましたね。ごめんなさい」

「……いや、いいです。おれも、初対面のひとにぶちまけてしまって、その、すみません」

気まずいが、ここはお互いに謝るところだろうと思った。人の生き死には、こんな風な偶発的な事故を起こすくらい、人のこころを動かすのだろう。

再び、二人の間に長い沈黙が流れる。

渚が何を考えているかは凪には分からなかったが、凪なりにこの沈黙の時間思考を巡らせていた。

渚が素直に謝罪したことで、信用とはいかなくとも凪の中で不審感は氷解した。渚という人間は、思っていたよりもまともかもしれなかった。少なくとも、自身の非があると認めればきちんと頭を下げ謝罪できる程度には。

「……あの、おれが大家だったら、やっぱり出て行きますか。こんな口論もいやだろうし、おれは男性なんで」

「え、あ、いえ。シェアハウスはわたしと木槿ちゃんが女性で、汀と寿雪が男で、まぁそれでも生活の棲み分けはできてるし、仲はいい方だと思うし、……渡来さんが大家になるくらい問題はないです……渡来さんのほうでご迷惑じゃなかったら、です、けど……」

ちいさく、もう一度渚が「すみません」と言った。

「……おれ、たぶん大家としてたまにしか行かないと思うんで、このまま叔母の遺志尊重して大家になってもいいですか? 大家ってなにすればいいのか分からないんで、むしろ皆さんに頼ることになると思いますけど」

口から出てきた言葉に、凪自身が驚く。え、おれ大家やれるのか? 本当に?

しかし、渚の態度を見て少し考えが変わったのを感じていた。叔母は叔母なりに凪のことを心配して残したシェアハウスで、それを凪の都合で放り出すのはやはり良くない気がする。

(舞乃さんが、おれにやれるって思っててくれたなら、やってみようかな)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Calm at Sea 涼木ライラック @_dawn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ