ホタルの舞う中で
虹のゆきに咲く
ホタルの舞う中で
小川のせせらぎはまるで僕を誘うように、今から起こりえる予感を与えようとしていた。
僕は一人、田舎の旅館に泊まりに来ている。旅館の女将の勧めで、僕は小川に誘われ向かうことにした。夜風は、僕を現実から幻想の世界へ導いてくれているかのように誘ってくれた。
夜風の中に僕はいる。ここはホタルがいるのか、小川のせせらぎも心地いい。まるで、僕を現実から幻想の世界へ導いてくれているようだ。
チャポン。
川からの石の音だろうか?音が聞こえたぞ。気がつくと近くに浴衣姿のきれいな女性がいる。そして、突然、彼女が僕に話しかけてきた。
「ごめんなさい、川に石を投げたくなって、何かを投げたい気分でした。」
「そうなんだ。どうしたの?」
「ここは、私を闇から解放してくれているような気がします。」
「どうして?」
「いえ、なんとなくです。」
「よければ、隣に座らない。」
僕は何気に彼女に言葉をかけた。
「よろしいでしょうか?」
「ええ。」
その頃、僕は悩み苦しんでいた。そして呟いた。
「時はいたずらを呼ぶものだね。」
「どうしてでしょうか?」
「僕は今、生きていて、もうどうにでもなってもいいかなって、そういう気分になっていたんだ。まあ、投げやりな気分かな……ここの川のせせらぎで、自分を無理やり解決させたつもりだけど、君みたいな、きれいな女性が目の前に現れた。ホタルの舞う中でね。僕の心も舞ってしまったのかな。」
「そのような、恥ずかしいことを言わないでください。たまたま、隣に座ったばかりなのに……でも、本当にホタルがきれいですね。私もいろいろありまして、ここに来ています。」
「そうなんだね。小川のせせらぎと君の優しい声が僕の心に響いているよ。君の黒くて長い美しい髪がなびいている。そして優しい声、この夏に合った浴衣姿がホタルのように幻想的かな。いつまでも包まれていたい気分だよ。このホタルの舞う中で幻想が僕を呼んだのかな。」
「それは褒めすぎです。私も石を投げた理由は、もう、どうなってもいいのかなと、そういう気持ちでした。」
「どうして?」
「あなたこそ、どうしてですか?」
「そうだね、社会の中で一人置き去りにされている。」
「それはどういう意味ですか?」
「まあ、社会人として通用しないということかな……」
「そうなんですね。」
「君は?」
「私は社会で通用しないというより、通用さえできないのです。」
「理由は聞かないということにしよう。その方がいいような気がする。」
「はい、そうしてください。そうしてほしいです。」
僕も何気に石を小川になげたのだった。
チャポン
「私も、もう一回。」
チャポン
「消えゆく音がなんだか悲しいな。」
「消えゆくですか……」
「ああ。」
「そうですね……」
「どうしたの急に元気がなくなったような気がするけど?」
「いえ、そよ風が心地よいです。でも……」
「でもとは?」
「風のように飛んでいくのかな?」
「君が?」
「はい。」
「どうして?」
「いえ……」
「よかったら、僕に教えて。」
「それは……こんなことを言った、私がいけなですね。」
「いや、聞いた僕が悪いよ。何か事情があるんだね……」
「そろそろ、帰ります。」
「近くに住んでいるのかな?」
「いえ。」
「わずかな時間だったけど、君に恋をしてしまったのかな。それとも恐怖を誤魔化すだけかな……」
「お願いがあります、もしかしたら、私も同じ気持ちかもしれません。私を強く抱きしめて頂けませんか。」
「わかった。」
「ありがとうございます。うれしいです。」
「また、会えるといいな。ホタルの舞う中で、幻想がまた呼んでくれるといいけど。」
「いえ、それはないと思います。」
「どうして……?そんなことはないよ。君にまた会いたい。」
「それは無理です……それでは失礼します。」
「待って、どうして無理なんだ?」
二人の間を舞っていたホタルが突然に消えていった。川のせせらぎの音も消えていったような気がする。時はいたずらなのだろうか。
時は流れた。
僕は死刑の刑務官なのか……
「佐藤和明、死刑を執行する刑務官に任命する。」
僕は重大な犯罪を犯した死刑囚とはいえ、死刑を執行しなければならない。果たして、その任務を遂行できるのだろうか……?しかし、これは現実だ。
その後
「和明君、一週間後になるが法務大臣が死刑の決定をした。君の初めての仕事だ。辛いと思うが仕方がない。わかってくれ。」
「はい。」
「ただ、複数の刑務官がボタンを押す。君が執行するとは限らない。そこを救いを思うことだ。」
「はい、わかりました。」
ところは変わり
「美香、病気はちゃんと治療すれば大丈夫だから。」
「お母さん、今、起きていることが現実なのかな……」
「明日、主治医が診察するから。わかった。お母さん、頑張るから……でも、怖い。」
「怖いのは仕方ないけど、気を強く持って。」
「わかった、お母さん。」
診察の当日
「先生、美香の病気はどうでしょうか?」
「治る可能性はあります。しかし……」
「ううう……」
「お母さん、気を強く持って下さい。」
「大丈夫です、ちゃんと治療さえすれば、治る可能性もあります。」
「お母さん、先生はなんて言われたの?私は後どのくらい、生きられるのかしら?」
「ううう……」
「お母さん、泣かないで……気を強く持って、お母さんがそう言ったでしょ。」
「そうね。」
僕の死刑執行の日が近づいてきた。いよいよ、明日が初めての仕事か……怖い……いくら、複数の刑務官がボタンを押して執行するとしても、僕が殺してしまうかもしれない。親友の光男から誘いがあった。光男も同時に死刑の執行を行う事になっていた。
「和明、俺も初めてだ。今日は酒でも飲みに行くか。」
「そうだな、光男。」
「怖いな、和明。酒が上手くない。」
「そうだな、光男。」
「でも、仕方ない、任務を果たさないとな。」
「そうだな……」
「いくら、重大な罪を犯したといえ、なぜ、死なないといけない。俺達も結果的には同じ事をしているじゃないか。なぜ、俺達が執行しなければいけないんだ。そういう思いがつきまとうよ。」
「そうだよな、でも、仕方ないな。」
執行当日
「和明、いよいよだな。」
「仕方ない・・・」
「ああ。」
ポン
バタン
ついにやってしまったか。また、いつか命令が下されるのか。いつも、このような気持ちなならないといけないのか……そういえば、彼女はどうしているのだろうか。何か理由があるのだろうか。どうしてあの場から突然にいなくなったのだろう。
美香は思った。もう一度、あの人に会いたい。でも、もう会えない。私の命がそうさせてしまう。もう一度、強く抱きしめてほしい。そう思う。でも、それが運命なのかしら……
ある日、上司からの命令だった。
「和明君、収監室の様子を見てきなさい。」
「はい、この人達はいずれ執行されるのだろうか・・・」
美香は思う。
「私は一人ここにいる」
和明は気づいた。
「女性もいるのか。窓から何を見ているのだろうか?何を思っているのだろう?」
美香は呟いた。
「気を強くもたないと、薬を飲まなきゃ。」
時の悪戯だった。
「え、君は。」
「あなたは。」
「どうして、ここに君が……」
「あなたこそ、どうしてここに……」
「僕は刑務官なんだ。まさか、君は……」
「そうです、いずれ……でも、私は無実です。犯罪に巻き込まれて、信じて下さい。」
「それで、川であのようなことを言ったの?どうして、あの時に川にいたの?」
「私はあの時に逃げていました。でも、川が呼んでくれました。それであたなと出会えて。」
「ここにいるということは……なんということだ。」
「怖いです。助けてください。」
僕はその場を離れることしかできなかった。もしかして僕が執行するかもしれないじゃないか。
「どうだったかね、和明君?どうした、元気がないぞ。まあ、仕方ないな。いずれ、執行する立場にあるからな。そう考えると複雑だよな。どうした、なんとか言いたまえ。」
「申し訳ありません。」
「そうだな、今日はゆっくり休みなさい。」
「はい。」
僕は助けてあげることはできない。時はいたずらどころじゃない。残酷じゃないか。僕はどうしたらいい……
「和明君、悪いがまた見回りに行ってくれないか。」
「それは……」
「どうしたんだ。」
「いえ、わかりました。」
そして、また見回りをすることになった。そして、そこに彼女はいるのだ。
「すみません。名前を教えていただけませんか?」
「ああ、僕は和明。」
「私は美香といいます。」
「この狭い部屋の中で、毎日のように和明さんのことを想っていました。」
「僕も、いつか会えないかなと想っていたよ。でも、まさか・・・」
「そうですね。しかも、私はいずれにしても・・・」
「いずれにしてもとは?どういう意味かな?」
「私は病に侵されています。もう、助からないかもしれません。」
「そんな馬鹿な、二重の苦しみじゃないか。」
「そうですね、でも、そういう結果が待ち受けています。どちらが先に結果を呼ぶかすらわかりません。」
「病はきっと良くなるよ。」
「そうかもしれません。でも……」
「そうか……さっき窓から外を眺めていたのは、そういうことを考えていたのかな。」
「いえ、単に空気を入れ替えようとしただけです。そういえば、そろそろ窓を閉めないと。」
あ、ホタルが
「ホタルが部屋に入って来ましたね。」
「今は夏か、夏であることすら忘れていたよ。」
「和明さんも辛いですね。」
「そうだね。」
「もしかして……和明さんに。」
「いや、そんなことはないと思う。」
「あ、ホタルが多く入ってきました。」
「そうだね、あの時と同じだ。」
「ホタルが私達の周りを舞っているようです。」
僕はいつの間にか、彼女をつつんでいた
「大丈夫ですか……他の刑務官の方から見られるのでは?」
「大丈夫だよ。ホタルがきっと、僕らを隠してくれるよ。もう少し、ここにいるよ。ホタルが消えてしまうまで。」
幸いに僕は人事異動で他の職務についた。女性は数名いたが、でも、彼女は病もあった。はたして、彼女だったのだろうか?それは突然のことだった。
「和明、そういえば、近いうちにまた執行されるみたいだぞ。」
「またか。」
「それが、どうも女性らしいんだ?」
「嘘だろ……」
「どうした。」
「いや……」
その後
「和明、やはり執行してしまったよ。」
「もう言うな・・・」
「そうだな、だが、黒くて長い美しい髪のきれいな女性だったよ。最後に、私は無実ですと、静かにそう言ったよ。」
「だから、言うなと言っただろう・・・」
「ああ、悪かった、和明。」
僕は一人、また川に来ている。思えばここで出会ったんだな。もう、あの時はこない。やはり、彼女は病より運命が先だったのだろうか?さいわいに、僕が執行したわけではなかったが、なんだ、この気持ちは……もう、一年たつのか。あの時みたいに石でも投げて見るか。
チャポン
チャポン
「え、美佳さん。」
「和明さん、どうして?」
「君の事が忘れられなくてここに来た。でもどうしてここにいるんだ」
「事件の主犯が逮捕されて、私の無実を証明してくれました、判決の結果、無罪となり釈放されました。」
「それは良かったじゃないか。」
「和明さん、覚えていらっしゃらないのですか?」
「何を?」
「もう一つ現実があることを……」
「もしかして……」
「そうです、実はこの近くの病院に入院になりました。」
「ここに来れるということは、良くなったんだね。でも、やはり少しやせたのかな?」
「それは暗闇と雲に隠れた月のせいです。」
「じゃあ、もしかして?」
「そうです、私は延命治療をしていないので……」
「どうして……」
「助からないことがわかったこと、それと、また和明さんに会えるような気がして、願いが叶いました。小川と和明さんが私を呼んでくれました。」
「いや、ホタルが舞ってきた。ホタルが呼んでくれたんだよ。」
「そうですね……」
「なぜか、僕の周りには舞っていないよ。美香さんの周りだけだよ。あの時のように美しいよ。」
「でも、私の周りだけではさびしいです。」
「そうだね、二人の中を舞ってくれないかな。」
「ほら、舞ってきました。」
「僕達は祝福されているようだね。」
「はい。」
「最後に私だけを祝福してもらえませんか。私の全てを見て下さい。ホタルも恥ずかしいのか消えていきました。」
「いや、舞い戻ってきたよ。美香さんの白い肌を照らしているんだ。透き通るように美しい。」
「それはホタルが舞っているからです。和明さん。」
「どうしたの・・・」
「ホタルが消えるとともに私も消えていきます。それでもいいですか……」
「美香さんが、それを望むならいいよ。」
「ホタルにお願いがあります。もう少しだけ舞っていて下さい。」
ホタルが消えていくとともに、隠れていた月が彼女の優しく安らかな笑顔を照らしていった。
ホタルの舞う中に僕たちはいた。
完
ホタルの舞う中で 虹のゆきに咲く @kakukamisamaniinori
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