警戒
ボグォォォンッ!
ホールに響き渡った轟音が、熱気に包まれていた会場を一気に現実に引き戻した。
四半円型のドーム、その一部だけ高くあげられた舞台の壁に、赤い水花が咲いた。
会場が悲鳴に包まれたのは、言うまでもない。
――奴隷市場。貴族向けの娯楽場。
奴隷自体は国家として許可されているが、それはあくまで法に則り経営している場合。
般代が入っていたソコは――非合法的に行われているもの、いわゆる闇市である。
闇市を取り仕切っているのは、地級魔術師、アナキス・エイン。現在残っている、トクリュイエ処刑前から術師をしている三人のうちの、一人。
『
そこに理由はない。
単純に――私利私欲を満たすためであった。
時は十年前――トクリュイエの処刑日から、翌月のことだった。
刀剣魔術師が一気に三人にまで減らされた、あの忌々しい事件により、彼は王都以外の地方にも足しげく通わざるを得なくなった。
『ったく、なんで俺がこんなとこに飛ばされんだよ……』
『まぁまぁ。あたしだって地方に行くんだからお互い様でしょ? それに、ナタージャさんは緊急では言ってくれた魔術師への鍛錬で忙しいからさ。――とりあえず半年頑張ろうよ!』
164人いた術師だが、トクリュイエの騒動によりその数を大きく減らした。
その穴埋めのため、100人近くの術師候補生を募集し、鍛錬をつけているが、とてもすぐすぐ現場に出せるような実力ではなかった。
そこで、緊急的な代案として二人で諸地方の行脚に出向くことになったのだ。
トクリュイエのもたらした被害の把握、そして地方の問題を解決するために、である。
それが――彼の運命を歪ませることとなった。
彼が初めに訪れた村は、エインを崇めた。
まるで、彼が神様であるかのように。
それに浮かれた彼は、次の村へと向かう際にその村から一番いい生娘をひとり、さらっていった。村の人たちは、にこやかに見送った。
――その眼に、憎悪を発散できないほどに固められた恐怖を宿しながら。
次の村では、村人たちから嫌悪を向けられた。
着任するなり、投石や農具での妨害は当たり前。そのうえ、彼を殺そうとするものや、連れてきた娘を手にかけようとする者も現れた。
――だから、切り捨てた。下民如きが、自分には向かおうとするのが許せなかったからである。
そして、三つ目に訪れた村で、彼の運命を決定づけるものを見つけた。
一つ目、二つ目と村を見ていき、増長していった『刀剣魔術師』のレッテルにすら満足していなかった彼は、その村にある術師用の宿舎に刻まれていた術式を偶然に発動させ、そして、見つけたのだ。
――先代が行っていた、非合法の奴隷市場を。
過去にトクリュイエによって消されていた、非合法の奴隷市場。その手筈は人攫いや脅迫など、非人道的なものがすべてである。
そのような手段を取ろうと考えつくには、歪んだ思想を持っていなければ普通は無理だが――その思想を持つに値する価値観を、エインは持ってしまっていたのだ。
そして、地方の視察から半年後、彼は何もなかったかのように王都へと戻った。
テルやナタージャとは今まで通り、無垢な存在として接したが、地方に新たに派遣された刀剣魔術師たちに、こう囁いた。
『――出来のいい女や子供をさらって来い。高くで買ってやるからよ』
――時は、現代に戻る。
すっかり冷めた会場を、アナキス・エインは見ている。
特に、ステージとなっている場所に飛び散った、人間だった血の花を。
「――おい」
金銀宝石を身にまとい、豪華絢爛に着飾った彼は、近くにいた秘書にこう声をかけた。
「オークションを台無しにしやがったやつを見つけ出して、オレの前に連れて来い! すぐにだ!」
儚い弾丸 時塚 有希 @tokituka
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