第17話 裸婦像、後ろから見るか、前から見るか Ver.2

「見えますか」


 男は老人に問うた。


「うんにゃ、ちっとも見えん」


 老人は赤外線カメラの電源を落として肩を竦める。


「ここまでして見えないとなると、やはり無理なのかもしれません。奴の言っていることはでまかせでは?」


「何を弱気になっておる。そんな簡単に諦めておるから彼女の一人もできんのだ。大体、わしら科学者が諦めていいのは自分の親を選ぶことくらいじゃろうが。それ以外なら何でもできるのだ。奴に負けていられるか!」


 今度は男が肩を竦めた。老人の意固地な態度に閉口したらしい。しかし、彼は最後まで老人の意地に付き合うようで、赤外線カメラを片付けると今度は最近小型化に成功したばかりの重力カメラを持ってきた。


「こいつならどうでしょう? ついこの間完成したばかりのまっさらな新品ですよ?」


「うむ。そいつで試すとしよう」


 男がカメラをセットし、老人はその後ろにあるテーブルでコーヒーをすする。溶けきれていない砂糖が見え始めた頃、準備が整った。


「では、いきますよ」


「うむ」


 ――ヴウウウン。


 蜂の羽音にも似た起動音と共にレンズから重力波が放出される。跳ね返ってきた波をカメラが捉え、モニタに一枚の画像を写し出した。


「どうでしたか?」


「うんにゃ、ちっとも見えん」


「やはり駄目ですか」


「もしやすると、わしらはとんでもない思い違いをしているのかもしれん」


「つまり?」


「それはわからん」


二人は顎に手を当て深く考え込んだ。メモを取り、難しい計算をする。ややをして、老人が弱ってきた腰に手を当てながらおもむろに立ち上がると、部屋の隅に置かれている白い布のかけられた何かの前で立ち止まった。


「まさか、それを使うつもりですか?」


「しかし、これしか方法がなかろうて」


「ですが、時空法三条に抵触しますよ?」


「バレなければいい話だろう」


 ははは、と男は苦笑し後ろ頭を掻いた。老人の顔はとても冗談を言っているようには見えない。未知への探求者然とした顔つきになっている。


「はあ、わかりましたよ。こいつを使いましょう。こいつを使ってやりましょう」


「うむ、その意気だ。こいつでこの絵が描かれた現場に行くのだ」


 老人の目が細められる。


「タイムマシンに情報を入力するからあの裸婦像を持ってきてくれんか?」


 老人がタイムマシンを包む布を退けて操縦席に乗り込んだ。男は裸婦像を額ごとタイムマシンの解析ポケットに投入し、自身も老人の隣に乗り込む。暫くして解析が終わった。


「いよいよですね」


「ああそうだ。いよいよだ。では行くぞ」


 老人がスイッチを押すと、タイムマシンは目映い光を放った。室内に風を巻き起こし、資料なり機材があちこちに散乱する。次の瞬間、タイムマシンは一際大きな光を放ったかと思うと、跡形もなく消えていた。


 誰もいなくなった部屋に、一枚の手紙がはらはらと落ちてきた。どうやら天井の何処かに挟まっていたらしい。そこには、


『君はこの裸婦像の前に回り込んだことがあるかい? 私は回り込んだ』


 とだけ書かれていた。

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徒然短編雑多帖 鉛風船 @namari_kazakhne

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