第7話 忘れたような思い出に触れた。


 次の日の朝。

 外回りのついでに、私たちはなきしま水族館に立ち寄った。


「まさか……潰れてしまってたなんて」


「ああ。知らなかったな」


 私と室長は、かつての思い出の場所を眺めた。

 

 すでに解体工事が始まっていて、

 懐かしい建物は徐々に壊れていっていた。


「一昨日の夜」


 室長が呟く。


「俺たちがイリュージョンを見始めた夜、

 なきしま水族館は廃館したらしい」


「それじゃあ……最後の挨拶に、来てくれたってことですか?」


「そういうことになるか?とても信じられない話だが」


 室長は頭を抱える。

 確かに、こんな奇跡のような現象があるなんて。

 私だって信じられない。


「だけど、私たちは確かに会ったんですよね」

「……そうだな」


 私たちはしばらく静かに、水族館を見上げた。


 子供のころ、何度も何度も遊びにきた場所には

 やっぱり、思い入れがある。


「俺は、育児放棄した両親の代わりに、祖父母に育ててもらった。

 ちなみにニラ農家をやっているんだが」

「……!」


(それでニラだったんだ…!)

 

「……祖母は子供が何をして遊ぶのかわからないって、

 とりあえず俺を水族館によく連れて行ってくれた。

 だからここには、しょっちゅう来てたな」


「素敵な思い出がある場所なんですね」


 私は新鮮な気持ちになった。

 鬼上司な室長にも、大切な家族が居て。

 温かい思い出があるんだ。


「昨夜のとってもおいしかったニラって…」

「ああ、送ってくるんだ。今でも」

「わあ、やっぱり。ごちそうさまでした!」


 室長が嬉しそうに目を細める。

 こういう優しそうな顔、仕事中もしてればいいのにな…。


「鳴川も、思い入れがあるんだろ?」

「ニラにですか?」

「おい、ニラでいじるな。

 なきしま水族館にだよ!」


 そうですね~と、私も思い出す。


「私の場合は。父とよく来てました。

 だけど私が中学生のころに父が亡くなってしまって」


「そうか。……つらかったな」


「思い出しちゃうから、それからは避けるようになって。

 そんな私に、白イルカが現れてくれるなんて。

 思いもしなかったです」


「お互い、大切な場所だったんだな。ここは」


 結局、あの白イルカたちがなんで現れたのかわからずじまいだ。


 だけどきっと、私たちに届けようとしてくれたのかな。


 いつからか忘れ去っていた、

 大切な人との大切な思い出を。


「さて、仕事に戻るか」

「はい」

 

 私たちは、なるしま水族館に別れを告げて、歩き出した。








 


 





 

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