1-21
「マシロ、お前、どうしてここが?」
問われたマシロは、粉々になったコンクリートの壁を驚愕の表情で見ていた。そして、これを私の顔面に打ち込もうとしていたのかと、ザリガニ男の顔と瓦礫を交互に見やった。
「俺達の行く先が分かってたのか?」
問われたマシロは、ハッと我に返って答えた。
「いえ、その、そういう訳ではなくて。朝起きたらポン四郎さんが居なくて、部屋を覗いたら空っぽになってて。夢中でアパートを飛び出したんですけど、皆さんの行先なんて分からないし。そうしたら、街の人達がギャラティカルセブンのパレードがあるって言ってるのを聞いて、もしかしたらって……」
マシロは一気に捲し立てた。
ここまで必死に走って来たのだろう、息も絶え絶えで呂律が回っておらず、半分はなんと言っているのか分からなかった。ただ、彼女がいかに必死になってザリガニ男達の事を探していたのか、それだけはひしひしと伝わってくる。
そんなマシロの姿を見て、ザリガニ男は胸にこみ上げてくるものを感じていた。
「マシロ、お前は戻ってアパートで待機していろ。ここは危険だ」
「ギャラティカルセブンと戦うんですか?」
「……そうだ」
ザリガニ男は素直に頷いた。当の昔に分かっていたことなのだが、いざこうして事実を突きつけられると言葉が詰まる。マシロはグッと眉間に皺を寄せた。
「その、勝てるんですか……?」
「勝つために準備をしてきた。そして、今も各人が勝つための行動をしている。俺も動かなきゃならない。お前は帰れ!」
ザリガニ男の言葉は、最後の方には叱責になっていた。ビクリと肩を震わせたマシロだったが、なおも追いすがった。
「その、本当に勝てるんですか? さっきからドッカンドッカンやってますけど、あれポン吉さん達が作っていた爆弾ですよね? 結構な数を爆発させたはずなのに、あいつらまだピンピンしてますよ」
人垣の向こう、ギャラティカルセブンが居るであろう場所の上空に、カラスの群れがある。散発的に急降下をするそれらを、細い光線が次々と撃ち落としていた。
東京の空を真っ黒に染めていたカラスの群れは、しかしその数を確実に減らしていた。ザリガニ男は焦りを感じた。
「だから、俺が行かなきゃならんのだろ」
踵を返して通りへ向かうザリガニ男の左腕に、マシロがしがみ付いた。
「ええい、邪魔だ! お前は何がしたいんだ!?」
「その、戦うのを止めて、一緒に帰りましょうって言ったら聞いてくれますか!?」
その言葉に、ザリガニ男は体を硬直させた。
振り返って覗き見たマシロの顔は強張り、唇がわなわなと震えていた。一体どんな感情で、そんな今にも泣きそうな顔をしているのか、ザリガニ男には分からなかった。
彼女は「戦うのを止めろ」とは言わなかった。こういう場合は止めろ、考え直せと強い言葉で相手を思い留まらせるものだ。しかし彼女は「聞いてくれますか」と控えめに確認したのだ。
それは自分には止める事が出来ないという、自信の無さの表れだった。
もしくは、ザリガニ男たちがこの戦いに、並々ならぬ覚悟で挑んでいると知っているかだ。
そういえば昨晩、宴会の最中にマシロと黒い怪人がベランダで話し込んでいたことをザリガニ男は思い出した。アイツめ、マシロに余計な事を吹き込んだなとザリガニ男は思った。
「悪いが、それは出来ないな。今ここで俺が戦うのを止めたら、黒の怪人と狸たちを見殺しにする事になる。あいつ等は俺の我儘に付き合ってもらっているだけなんだ。そいつらを見殺しにはできない」
「それじゃあ……」
ハサミを握る手に力を込め、マシロはザリガニ男の目を真っすぐに見た。
「私に、皆さんを手伝わせてください」
その言葉は、ザリガニ男が想定していた中で最悪のケースだった。
もし今日の事をマシロに話せば、彼女は自分も手伝うと言うだろうと、ザリガニ男たちは予想していた。だからマシロには何も告げずにアパートを引き払ったのだ。ザリガニ男は天を仰いだ。
「……手伝うって、お前に何ができる?」
「わかりません。もしかしたら、何もできないかも知れません。でも、それでも手伝います」
一呼吸置いて、マシロはザリガニ男の顔を真っすぐに見た。
「私は、皆さんの仲間ですから」
それは、いつかのザリガニ男がマシロに言った言葉だった。彼もまた、マシロの目を真っすぐに見て応えた。
「もしかしたら死ぬかもしれんぞ?」
「それでも構いません」
「何故だ? 何故そう言い切れる?」
「ザリガニ男さんたちと出会う前の私は、独りで部屋に引き籠って、何も感じずに何も考えずにただ時間を浪費していました。それは、私にとっては生きていない、死んでいるのと同じでした。ここで皆さんについて行かなければ、私は以前の生活に戻ります。それは死ぬことと同じです。どうせ死ぬなら、私は皆さんと死にます」
そう言って、マシロはへらへらと笑った。
彼女がいつも見せる力の無いだらしないその笑顔に、ザリガニ男は背筋が凍り付いた。マシロの言葉には嘘が無い、彼女は本気で死んでも構わないと言っているのだ。何故マシロがこうも簡単に命を投げ捨てる決断ができるのか、ザリガニ男には理解できない。
そして、理解できないものほど恐ろしいものはない。マシロに、妹の姿がダブって見えた。
もしここでザリガニ男が拒否すれば、マシロが何をしでかすか分からない。ギャラティカルセブンとの戦闘の渦中に飛び込み、犬死にするのが関の山である。
なんとかマシロを踏みとどまらせる方法は無いものか、なんとか説得したいが彼にはその時間が無い。今こうしている間にも、仲間達がエージェントと戦っている。そして、その旗色は良くはない。ザリガニ男は決断を迫られていた。
彼は再び、天を仰いだ。
「……分かった。マシロ、俺を手伝え」
ザリガニ男が絞りだしたその言葉に、マシロは満面の笑みで頷きを返した。
ザリガニ男は腰に提げていた銀色の金属製の筒を、それを固定していたベルトごとマシロに手渡した。
冷たくて硬いそれに、マシロは見覚えがあった。化け狸兄弟が作っていた爆弾だった。ザリガニ男の部屋に同じものがいくつかあったのを覚えている。
「マシロ、コイツを両手で握れ」
言われた通り、マシロは筒状の爆弾を両手で握った。ザリガニ男はマシロの両手ごと、爆弾をベルトでグルグル巻きにした。二本のハサミで器用に固く結ばれたそれは、マシロの手では解くことができない。
「あの、両手が使えないんですが。これで私にどうしろと?」
「今はそのままでいい。これから二人でギャラティカルセブンの前に姿を見せる。お前は、俺の指示があるまで待機だ。何もせず、何も言葉を発するな」
ザリガニ男の言葉に、マシロは素直に頷いた。
「よし、行くぞ」
ザリガニ男はハサミでマシロの背中を押し、自分の前を歩かせた。
「マシロ、実はなこの作戦は失敗だった。俺達が思っていた以上に、ギャラティカルセブンの戦力は強大だった。俺がこのまま参戦しても、恐らく袋叩きにされて終わっていただろう。だが、そこにお前が現れた。お前のおかげで、せめて一矢報いることはできそうだ」
「ザリガニ男さん……」
振り返ろうとしたマシロの背中を、ザリガニ男は押した。
「お前には感謝している。そして、これから俺がお前にすることを、どうか赦してほしい」
「え?」
言うや否や、ザリガニ男は背後からマシロの首をハサミで挟みこんだ。「きゃっ」と悲鳴を上げそうになったマシロだったが、直後に万力のように首を締め上げられて悲鳴も上げられない。
代わりに、マシロの口からは嗚咽と、泡が漏れ出でた。ザリガニ男は縛られた両手で必死にもがくマシロを引きづり、ビル影から大通りに姿を現した。
「どけぇ人間ども! 道を開けろ!」
ギャラティカルセブンに視線が釘付けになっていた群衆が、突然背後から現れた巨大なザリガニに悲鳴を上げる。ハサミを振り回して威嚇する怪人に、人々は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。
開けた道を悠々と歩き、ザリガニ男はギャラティカルセブンの目前まで迫った。そして、爆弾を握るマシロを掲げ、叫んだ。
「動くな! ギャラティカルセブン!」
ラビアンローズ 裏道悪路 @uramichiakuji
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ラビアンローズの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます