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 ビル間の空を覆いつくすカラスの群れに、ギャラティカルセブンは手をこまねていた。


 彼らの力を以てすれば対象を一掃することは造作も無いのだが、その場合周囲のビルを傷つけ、沿道に詰めかけた観衆に被害が及ぶ可能性がある。そのため、エージェント達は指先から細長い可視光線を発射し、カラスを一羽ずつ撃ち落とすという非効率的な戦闘を強いられていた。


 そのためか、カラスの数は一向に減っていないように見える。じわじわと迫ってくる黒い群れに、レッドは舌打ちをした。


「ああ、もう! 野次馬が邪魔! 焼き払えない!」


「抑えろよ、レッド!」


 今にも怒りを爆発させそうなレッドに、一際大柄な男性、ギャラティカルグリーンが檄を飛ばす。


「警察は何やってんのよ、野次馬をどけないと思いっきり力が出せない」


「どれだけの民衆が集まっていると思っているんだ、警護の警察官だけじゃ全員の避難なんてできんぞ」


 言われて、レッドは横目でちらりと観衆を見やる。詰めかけた人々は目の前で爆発があったにも関わらず、まるでヒーローショーでも見ているかのようにスマートフォンを構え、ギャラティカルセブンの戦闘を見物していた。警察官がこの場から離れるようにと声を張り上げているが、焼け石に水といった風である。


 レッドは本日何度目かの舌打ちをした。


「来るぞ、構えろ!」


 ブラックの鬼気迫った声に、レッドはハッとして上空に目を向ける。


 エージェント達の頭上で数十羽のカラスが団子状に固まったかと思えば、それは縦横に回転しながら隕石が如く急降下してきた。


 七人のエージェント達は両の手を高く掲げ、十指から光線を放つ。七十本の光線は交差し、中空で網目を形成した。団子状のカラスがその光線の触れるとボウっと燃え上がり、やおら爆発を起こし、爆炎でエージェント達を包んだ。


 突如上がった火柱に、群衆は悲鳴とも歓声とも取れる声を上げた。


 アスファルトを焼く炎が収まると、七人のエージェントが姿を現した。全員、無傷である。


 黒煙を腕で薙ぎ払い、レッドが悪態をつく。


「ああもう、鬱陶しい! カラスは後何羽? いつまでここで射的してればいいのよ?」

「レッド、これを見ろ」


 怒り心頭で脳天から煙を噴いているレッドに、ブラックが声をかけた。その手には、焼け焦げた古新聞の紙片が握られていた。


「これは恐らく依り代だろう」


「よりしろ?」


「ああ、この新聞紙の切れ端を媒介にして、カラスの幻影を作り出している。そしてその中に小型の爆弾を媒介にしたカラスを混ぜ、こちらを撹乱しつつ攻撃をしている。恐らく妖術や幻術の類であろう」


 ブラックはパール――エージェントの中で一際小柄な女性――を手招きし、紙片を手渡した。


「この紙に残された力を解析して、敵の位置を割り出せるか?」


「やってみます」


 パールはその場にしゃがみ込むと、パワードスーツの左腕に埋め込まれたコンソールを操作した。すると、彼女の周囲にホログラムが浮かび上がり、周囲のビル群の立体映像と、いくつかの数字の羅列が浮かび上がった。


「ブラックの言う通り、これは妖術ですね。あれ、でもなんか複雑な……。そうか、複数、三人? 分かりました、あのカラスの群れは三人の術者によって生み出されています」


 解析を始めてものの数秒で、パールはカラスの群れの正体を看破した。彼女の迅速で的確な仕事に、ブラックは深く頷いた。


「どうだ、敵の位置は分かりそうか?」


「はい、後数秒で分かり……」


「それを分かっちゃ、コッチが困るんだなぁ」


 と、足元の地面から響き渡った男の声に、エージェント達は体を固くした。いつの間にか、彼らの足元には黒く、大きな影が広がっていた。影の中心に、白くて丸い光が二つ灯った。黒い怪人の目である。


「お前さんが諜報とデータ解析の専門家、ギャラティカルパールだな? お前さんが居るとちと面倒だなぁ、俺にちょっと付き合ってもらうぜぇ?」


 直後、黒い怪人の体から無数の手が伸びた。海底に群生する昆布のようなそれは、うごうごと動いてパールに襲い掛かった。


「ラベンダー!」


 そう叫ぶと、ブラックはパールに体当たりをした。ブラックの意図を汲んだラベンダーが、吹き飛ばされたパールの襟首を掴んで黒い怪人の外に投げ飛ばした。


 他のエージェントも黒い怪人の手から逃れるように飛び退いたが、パールを庇ったブラックとラベンダーが黒い怪人の手に包まれ、体の中に引きずりこまれた。


「ブラック! ラベンダー!」


 レッドの叫びに呼応するように、レーザー攻撃の構えをとるエージェント達だったが、その目の前でカラスが爆発して視界を奪った。


「ちくしょう、なんとかギャラティカルパールを確保したかったが……。とはいえ、エージェント五人を相手にするのは無謀だなぁ。俺はこのままこの二人を押さえておく、後は頼んだぞ」


 黒い怪人は地面の上を物凄い速度で滑り、観衆の足元をすり抜けていずこかへ逃走した。


 あっという間に視界から消えた影を追おうとしたブルーとグリーンだったが、その動きもカラスの群れに牽制されて叶わなかった。


 かくして、ギャラティカルセブンは分断されたのだった。残された五人のエージェントの周囲を、先ほどよりも低く飛んで圧をかけてくるカラス達が取り囲む。黒い壁と化して迫りくるカラスの群れに、エージェント達はたじろいだ。


「一羽づつの爆発なら大したことないが、この状態で一斉に爆発されたらひとたまりもないぞ」


「かと言って、カラスを排除するためにレーザーの出力を上げれば、周囲に被害が出るか。レッド、どうする?」


 動揺を隠せないブルーに対し、問われたレッドは落ち着いていた。ブラックとラベンダーの二人を欠き、若きリーダーは冷静さを取り戻していた。


「パール、このカラスを操っている奴の居場所は分かったか?」


「はい、もう間もなく」


 問われたパールが左腕のコンソールを操作すると、残りの四人のコンソールが呼応して光った。そこには周囲のビル群のホログラムと、赤い三つの点が映し出されていた。


「座標を送信しました。そこにカラスを操っている何者かがいます」


「どうするレッド、散開して各個撃破か?」


 グリーンは丸太の様に太い腕を振り回し、鼻息を荒くした。敵に一方的にやらている状況に、怒り心頭といった風だ。息まくグリーンを、レッドは手で制した。


「ここを離れると、爆撃が一般市民に向けられるかもしれない。パールは引き続きここで敵のモニタリング。グリーン、ブルー、オレンジはパールを守りつつ、臨機応変に対応」


「レッド、お前はどうする?」


「私は……」


 レッドはまるで獲物を狩る大型の肉食獣がそうするように、腰を落とし両の足に力を溜めて跳躍の構えを取った。


「ビルの上で見下ろしてる奴らを、ちょっくらブン殴ってくるわ」


   ◇


 ギャラティカルセブンの一挙手一投足に湧く観衆の後ろ、雑居ビルの間にザリガニ男は居た。


 彼はビル間の影に身を潜め、群衆の隙間から仲間たちの活躍を見ていた。当初の予定では黒い怪人の強襲でパールを引き離し、化け狸兄弟の爆撃で疲弊させ、後詰のザリガニ男で止めを刺すという計画であった。


 しかし黒い怪人がパールを取り逃がした事により、化け狸兄弟の位置がバレる可能性がある。さらに、遠目から見る限りでは、ギャラティカルセブンにカラス爆弾がまるで効いていないように見える。予想外に強かな敵に、ザリガニ男は焦りを感じていた。


「マズいな、このままでは狸共がやられちまう。そろそろ出るか?」


 エージェントの前にまろびでようとするザリガニ男だったが、果たしてほぼ無傷のエージェント五人に正面から挑んで良いものか躊躇っていた。そうこうしている間に、ギャラティカルレッドがその場で身を沈め、跳躍の構えを見せた。


 化け狸兄弟の位置がバレてしまったようだ。


 一刻の猶予もない、ここで立ち尽くしていてもしょうがない、彼のエージェントを仕留めて復讐を果たすのだと誓ったはずではないのか。こうしている間にも化け狸兄弟の身が危険に晒されている。さらに、黒い怪人もエージェント二人をいつまで捕まえておけるか分からない。今行かねばいつ行くのか。


 ザリガニ男の頭の中を様々な思考が駆け巡り、焦燥という悪手が背中を押す。


 覚悟を決めて一歩前に踏み出したその時、


「ザリガニ男さん……」


 背後から声をかけられた。


 刹那、ザリガニ男は反射的に背後から声をかけた人物目掛けて、右のハサミをバックハンドで叩きつけた。


 遠心力を乗せたハサミの一撃は、轟音とともにコンクリートの壁を粉砕する。もうもうと舞い上がる土煙の向こう、ザリガニ男の渾身の一撃を避けた相手を睨みつけた。


 そして、


「マシロ!?」


 そこに、青白い顔をして目を見開いているマシロの姿を見つけた。

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