クローズダウン・現代

@giroppon

第1回

 公共放送。  


 それは公共の放送である。 

 

 それは、「政治的公平」「対立する論点の多角的明確化」といった 

目的の達成に資する、多分。

そのような崇高かつ荘厳な目的の達成を、公共放送は、頼んでもいないのに 

担っているのだ。 


 この番組は、国民の知る権利を充足し、同時に、思想の自由市場の形成を 

その放送意義とするものである。 



 とある国旗が、とある国歌と共に、画面上で靡いている。

 夜は更けているが、番組は唐突に開始される。 

画面に映し出されるのは、表情の無いニュースキャスターである。 

 

「皆さんこんばんは。午前1時53分になりました。 

クローズダウン・現代のお時間です。司会進行を務めます、大庫です。」  

 

 十分な奥行きのあるスタジオの中央付近に、司会は座る。 

その両側に、向かい合うようにして、ゲストが併せて二名、腰掛けていた。 

 

「今回、取り上げますのは、著作物創作において急増するNTR問題です。 

先日、我が国と保障条約を締結しているア○メリカ合衆国において、NTR保護法に 

対してポランプ大統領が拒否権を発動し、与野党の対立が続いています。 

この喫緊の課題に対し、私たちはどのように立ち向かうべきか、皆さんと一緒に 

考えていきたいと思います。」 

 

 司会は適切な速度で、一字一句、明瞭に発声していく。

 流石、公共放送である。 


「そして本日は二名のゲストの方にお越しいただきました。 

五十音順に紹介させていただきます。 

まずこちらが、株式会社テクニカル★エクスタシー代表取締役社長であると同時に 

慶早義塾大学総合風俗学部特別非常勤講師でもある

保理江 行央ほりえ ゆきひろ先生です。 

保理江先生、どうぞよろしくお願いいたします。」 

 

「よろしくお願いいたします。」  

 

「続いて、こちらが、東京帝都大学童貞学部童貞学科特別名誉客員教授である 

童 貞男わらべ さだお先生です。 

童先生、本日はよろしくお願いいたします。」 


「ぁあ、どうも。よろしくお願いします。ええ。」 


 珍妙な紹介だが、司会の表情は一切変化しない。 


「お二方の解説の順番は、予め決定しております。それでは、童先生、今回の課題について見解をお聞かせください。」  

「ぁあ、まずですね。端的に言えば、NTR問題は、社会不安の増大の表面化であると言えますね、ええ」 

「社会不安、ですか。」 

「そうです。こちらのグラフをご覧ください。ええ」 


 童教授は、重要なグラフが描かれているはずのパネルを徐に取り出す。 

しかし 


「……童先生、それは一体……?」 

「……ん?」 


 童教授が取り出したパネルに描かれていたのは、幼女の不適切な画像であった。 

 

「これは失礼しました。実務用のパネルを出してしまいました、ええ」  

「……そうですか。」 

 

 童教授の表情は、なぜか晴れやかだった。

 一方で不測の事態に対応するのも、司会進行役の務めである。 

 

「えーーー、ただいま、年少者の不適切な画像が放送されました。

視聴者の情欲を徒に興奮又は刺激せしめたことをお詫び申し上げます。」 


 どうやらこの番組は、生放送のようである。 


「えー、童先生、パネルは置いておいて解説の続きをお願いします。」  

「あーはい、そのですね、社会不安の増大とは、恋愛格差の増大です。」 

「格差問題ですか。」  


「そうです。まず、前提として、医療技術の発達があります。そして自由恋愛の礼賛という社会的風潮という事実が存在します。」 

「そして、それらと相反するのが、かつての結婚に対する社会の同調圧力です。

恋愛格差は、この三点の相互作用によって生じていると考えられます。ええ」  


「詳しく解説願います。」 

 

「ぁー、えっとですね。まぁ要するに、出来損ないが生き長らえているわけですよ。 

そしてそんな存在が無駄に年を重ね、無駄に自意識を持っている。ま、これが一番の原因でしょうね。」 

「そしてですね、我が国では、いわゆる見合い結婚が減少していきました。    しかしね、これはですね、 男女が性的自由を勝ち取った というわけではないんですよ。つまり、それまでは自分の両親や親戚、言うなれば家制度そのものの恩恵を受けられていたんです。恋愛は個人だけのものではなく、そして結婚はむしろ会社合併や融資提供みたいなものだった。これは大きなズレがありますよね、ええ」 

「それで最後の同調圧力ですけどね、これはまぁ、現在では考えられませんよね。 

しかし、だいたい昭和の末期あたりまでは、ハラスメントのハの字も無かったと 

いえると考える訳ですよ、ええ。まあ、結婚せざるは人に非ず といっても過言ではなかった。そこまで同調圧力が強固だったわけです。」 


「なるほど……」

 

「で、出来損ないでありながら自由恋愛を夢見て、案の定敗れた者同士が、社会の同調圧力に屈して妥協してくっついた そんな組が出来上がるわけです。

そしてそんな組の次の世代はどうなると思います?」 


「……少なくとも現在では、同調圧力は弱まっていると解されます。」

 

「そうですね。同調圧力は無くなったから、クズ同士で無様にくっつく必要はない。 

自由恋愛なんて端から考えない。最後に器量も無い。 

となると、いわゆるNTR問題は、自らを生み出した社会変化への復讐といえるかもしれませんねぇ。恋愛関係、家族関係そのものの破壊を意図している。 

無敵の人 というスラングもあります。まぁ、そんなところでしょうな、ええ」 


「なかなか深刻な状況であるといえるかもしれません。童先生、ありがとうございました。続きまして保理江先生、お願いします。」 

 

「はい、まず童教授のご見解は大変参考になりましたが、NTR問題の本質は別の ところにあると私は考えます。」 

「別のところ、ですか。」 

「いわゆるNTRものは、極めて古くから存在します。世界各国における歴史的文献にもそのような要素を持つものは多分にあります。よってNTRは、現代だけのものではないのです。」 

「確かにそのようにも考えられますね。」 


「そして、言わばNTRは、自らの私的領域への急迫不正の侵害であるといえます。」  

「私的領域ですか。」 

「ここで一般論として、快楽と苦痛は紙一重です。両者とも、人体における神経伝達の結果なのですから当然です。よって自らへの侵害は苦痛となりえますが、同時に快楽へと転換させることも可能なのです。例えば、前立腺への刺激は私的領域の侵害に該当しますが、これが私個人としては、実にたまりません。」 

 

「はぁ……そうですか……。」  

 

「ここで申し上げておきたいのは、NTRは自らの肉体に直接作用しないということです。あくまで観念的、精神的なものである。まさに私的領域への侵害なのです。 

この点において、NTRは前立腺とは大きく異なります。」 

 

「……また前立腺ですか。」 

 

「エロティシズムはシチュエーションであるともいえます。大脳新皮質を最大限活用して、本能を超えた快感を生み出すわけです。 

現在、違法か合法かは別にして、インターネット環境があれば、視覚的興奮は容易に得られます。故に一段階上の興奮が求められているのです。

実際にNTRは、文字媒体との親和性が高いといえます。 

ダメだよね…っでも……ピル飲めば、大丈夫……かな? そんなセリフひとつで

ギアが上がっていくのです。」 

「確かに、自分もギアが上がってきました。」 


「従って、NTR問題は、潜在的マゾヒズムの顕在化の一環であり、極めて健全な ものです。よって社会状況等とは無関係であり、インターネットの普及がNTRの  ポテンシャルを再確認させたに過ぎないとするのが相当だと考えます。」 


「確かにインターネットの普及は関係してそうですね。保理江先生、ありがとうございました。」  


 番組は終わりに近づいていた。 

 司会は、締めくくりに入る。


「急速に進展する、NTR問題。この問題と向き合うときは、自分にとって    大切な存在について考えるときかもしれません。」 

「それでは保理江先生、童先生、本日はありがとうございました。 

次回は、おねショタについて考えます。ご視聴ありがとうございました。」 


 スタジオ内の三人は、座りながら礼をする。  


 カメラが引かれ、その三人が満遍なく映されたところで、画面の右下のロゴと共に番組は終了した。 



 



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