第7話 ある第一艦隊特務機関の一日 ますます (後編)

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 星暦二千百十一年三月二十四日 午後

『キティ大佐待遇。今少しのハンデを要求致します』

「良いよー。次は五百対一位にしてみるー?」

『是。次こそは勝利します』

 と、会話しているのはキティと操艦シミュレーターのAIである。

 此所まで、十対一から開始して、五十対一、百対一、二百対一の艦隊シミュレーションを行い、悉くキティが勝利を収めていたのだった。もちろん、お察しの通り、〝対一〟側で。

 キティは、手空きで暇な時間、よくこうしてシミュレーター相手の多対一艦隊戦を行っていた。当然の如く、艦隊運用の裏をかく様なトリッキーな動きや、常識を無視した戦闘機動を行って、艦隊の指揮を乱しまくった挙げ句に各個撃破していくのだが、その影響で、シミュレーターAIが、通常では有り得ない艦隊運用についても学習を重ねており、艦隊司令官や操舵士官が行う、対AI艦隊戦における難易度までもがめきめきと上昇しており、となれば、当然の如く、このAIとの模擬戦を繰り返している銀河連邦宇宙軍第一艦隊本部の人工惑星所属艦隊の操艦技術、対艦戦技術も上昇している訳であるが、気付いている者は極一部に過ぎないのであった。もちろん、公にしない方が効率が良いと判断を下した、どこぞの司令官の仕業である。

 そして始まる、第五回戦。キティの一艦対、AIの五百艦での艦隊戦…? キティにしてみれば、殲滅戦かもしれない戦いだが…。

 開戦直後にショートワープしつつ、艦首にシールドを集中、最大出力での防御を掛けつつ、ワープ装置の安全システムを無視した設定により、AI艦隊旗艦の艦橋から百メートル地点にワープアウトして、直後に衝突。シールドの集中と出力全開によるごり押しで、旗艦を開戦後僅か十秒で撃沈すると、当然、周囲には指揮系統を担当する艦が集中している所へ、搭載しているミサイル、砲弾を一斉斉射。その大半に大被害を与えたことすら確認せずに其の儘再びワープで逃走。対応出来ずに右往左往を始めたAI艦隊を、今度は遠方から一点集中での精密狙撃で破壊して行く。

 そんな、鼻歌交じりでのシミュレーションを熟すキティの携帯端末が着信を告げたのは、AI艦隊が三分の二以上を撃沈させられて、降伏信号を発信した直後であった。

「はいはいー?」

『あ。キティいた! まゆちゃん捕まんないんだよー。何処行ったのかなー』

 スクリーンに姿を現したのは、金色の毛玉…いや。地球(仮)にいるはずの、野村ユリカだった。そう、パワードスーツの襲撃事件に於いて、槇鹿乃子と二人、素手で此を排除したスーパーガールである。

「あー。たいちょーからめんどそーなお仕事渡されちゃったからねー。多分調べ物してるんじゃ無いのかなー?」

『そっちかー。う~んじゃあ、まあいいや。あたしの方でなんとかするかー』

 自分が受けた仕事の筈なのだが、まるっきり他人事な口調で答えるキティ。ユリカはそれを聞いて、隠密行動中であることを察して一人ぼやきを溢す。

「何か調べること? それとも、お船が必要?」

『んー、今、地球にいるんだけどさー。帰りになんか大艦隊で襲撃されそうって情報がねー』

 興味を持ったキティの質問に律儀に答えを返すユリカ。どこかで聞いた様な内容である。

「あ~。多分、今まゆが調べてる奴だー」

『そっかー。判ったよー。なる早でお願いって言っといてー』

「ウイウイー」

 其処で通信を終えた。

『大佐待遇。多少は手加減して頂けると有り難いのです』

 其れを待っていたAIが話しかけてくる。

「ダメでしょー。例えシミュレーションでも、手を抜いたら、癖になっちゃうんだよ?」

『為るほど。今回の戦闘記録を分析して精進致します』

「頑張れー。わたしも新しい戦法考えとくねー」

『勘弁してください』

 と言った会話を最後に、シミュレーターを降りて、執務室へとの帰路につくキティであった。


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 星暦二千百十一年三月二十四日 夜

「なんだか着信履歴がいっぱいある…」

 アラームが鳴動するのを止めていた自分の携帯端末の設定を、通常モードに戻した序でに着信の履歴をふと眺めて、まゆが呟いた。

「ユリユリコンビかー。今調べてる件だよなー、此…絶対。どうするベ…」

 しばらく、画面を睨み付けた後、ささっと履歴を消去して、端末をポケットの仕舞い込む。見なかったことにするらしい。

 そして、タイミングを見計らったかの様に、ポケットから手を抜きだした瞬間に、着信を知らせるアラーム音が鳴り響く。

 軽く舌打ちをしながら、仕舞ったばかりの端末を再び取り出して、発信者を確認するなり着信拒否のボタンへと、指先を伸ばそうとして思いとどまった。其の儘、三十秒。諦めてくれないかなーなどとぼんやり考えつつ、受信ボタンを押す直前に指先を置いたまま動きを止める。

「諦めてはくれないかー」

 そう呟きながらも、なおも呼び出し音が止まるのを期待していると、

「諦めないよ。ちゃんと応答しようよ。まゆちゃん」

「やっぱりにらめっこしてるー!」

 唐突に、背後から声を掛けられて、文字通り、腰を下ろしていた椅子から飛び上がるまゆ。

「! ッ。吃驚したー」

 ドスン、と椅子に落ちた後、たっぷり十秒間。胸元を押さえ、一気に跳ね上がった心拍数が収まるのを待って、漸く叫び声を上げた。

「電話の着信を無視するのは良くないよー。まゆちゃん。お仕事でアラーム切ってる時は見逃すけどさー」

「しっかり呼出しが鳴ってるはずなのに中々応答しないから、場所を特定して飛んで来たよ。おひさー」

 まゆの背後に突然登場した二人が責め立てる様に話しかけてくる。方や、大量の金髪が目立つ非常に小柄な少女。方や、やや小柄で、光の加減で蒼く見える肩まである黒髪に、鮮やかな碧い瞳の大きな猫みたいな眼が特徴の少女。

「やっぱ、ユリユリちゃんだー。他人の端末ハッキングするの、止めようよ、ユリア。後さ、此所、連邦艦隊本部。不法侵入で捕まるよ?」

 片手で胸元を押さえたまま、半分デスクに突っ伏しながらも、顔だけは黒髪の少女に向けて話しかけるまゆ。

 その様子を見て、床で丸くなってお腹を抱える金髪の少女。大笑いの真っ最中だった。言うまでも無く、野村ユリカである。

「ちゃんと入場チェック済ませてるわよ。ちょっとユリカの特権使ったけど」

 ペロッと舌を出しつつ答えるのはユリア。

「あ~」

 その台詞を聞いて、完全に突っ伏すまゆ。

「今回、子供達が一緒だからさ。安全最優先で行きたいんだよね」

 今し方まで、床で笑い転げていたはずのユリカがそう告げる。大変、真面目な表情で。ユリアは、横を向いたまま。その両肩が細かく震えているのだが…

 そんなユリアに向かって、無言でパンチを繰り出すユリカ。其れを、ショートテレポートで躱すユリア。実に、似かよった名前でややこしい。

「「お前が言うな!?」」

「一体何を…そして、誰に向かって叫んでるの…?」

「「判んない!!」」

 と言う、意味不明のユリカ、ユリアとまゆの会話が続いた…

 気を取り直して、今後の対応を相談し始める三人。

 疑惑満載の帝国皇帝が、機関艦隊を更新する際に、予備艦隊をそっくり下取りにする。と称して格安で一艦隊分の艦艇を供給。そして、その後の下取りされた艦艇の使い道については、一切関与しない。との契約を交わしていたようなのである。其の儘、解体工場へと移送されなければならないはずの艦隊は、その後纏めて行方不明となっているのだが、事故による喪失とされて処理済みとなっていた。そして、同時期の、帝国軍では、大量の依願退職者が発生している。その数、一艦隊が運用可能な程。因みに、アイソリーオ皇帝、以前から異常に姫野グループに執着しているのは有名である。何処ぞの、暴走大事件を巻き起こした一族が、暴走直前にまいた種が実ってしまったというのが今回の出来事のようである。

「そーするとー、今下手に連邦が動いちゃうと協定違反で逆に責められちゃう状況になっちゃってるとー」

「確固たる証拠がないのよ。状況証拠ばかりで」

 ユリカの現状確認に同意するまゆ。

「まあ、こっそり戴いちゃったデーターやら書類やらじゃ、証拠にはならないしね。なんなら、でっち上げるとか?」

「いや、其れこそ違法捜査になっちゃうでしょうが!」

 ユリアの冗談を流すよゆうもなく反論してしまうまゆ。今手元にある確認可能な資料が、全て、合法とは言いがたい手段で集められたものであるため、合法的な手段での確定証拠を入手する必要があるのだが、なかなかに困難な状況にある為に、ここ数日頭を悩ませ続けているのだった。

「じゃーさ。もう実力排除しちゃえばいーんじゃないのかなー。行方不明の廃艦艦隊が発見されたとかって理由付けてさー、後からゆっくり捜査して貰おうよー」

「誰が実力行使するんだよ」

 ユリカの提案に突っ込むユリア。だからややこし…何でもありません。

 ユリカは、ユリアの突っ込みに対して無言で自分とユリアを指差している。

「よし。さつきも巻き込もう!」

「「賛成!」」

 ユリアの発言に、即座に賛同するのは残りの二人。此所に、とりあえず実力行使で危険排除の作戦が決定したのだった。…いや、此、只の力任せなやっつけ仕事なんではないのだろうか。良いのか? 此で。


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 その後の展開は、怒濤の勢いであった。

 推定、偽装宙賊艦隊の索敵範囲外ぎりぎりの位置からテレポートで艦の機関室へとコッソリ忍び込み、特定の装置にちょっとした悪戯程度の細工をして回ったのだ。四人で一斉に。

 悪戯、と言うのは、コーヒーなどに入れる甘味料である所のシュガーシロップ。此を、艦体のエネルギー発生装置であるジェネレーター用、燃料ポンプの潤滑油に混ぜ込むというもの。

高出力のジェネレーターを稼働させ続けるために、常に燃料を送り続ける必要があり、ポンプが稼働し続けている訳であるが、装置内部は、当然の事として、割と高温である。そして、当たり前のことではあるが、結構な精密装置でも有る。

 此所に、シュガーシロップが混ぜ込まれれば、潤滑オイルと混ざり合う訳でも無く、砂塵や可動部品の破片などを取り除くためのフィルターに引っ掛かることも無い。其の儘、高温の可動部分に到達し、炭化。回転軸などに付着すれば、回転は阻害され、ポンプは稼働を止めてしまう。バックアップとして、複数のポンプが搭載されているのは当然の事として、致命的な構造上の欠陥となったのは、潤滑油を回収し、濾過し、再度送り出す前に蓄えるタンクが一つで共用されていたことである。コスト削減も有るだろうし、只一時貯蔵するだけのタンクまで複数設置する必要性を認めなかったからか、このメーカーのジェネレーターは、全て同様の構造である。

 従って、このタンクの蓋を開け、中に持って来たシュガーシロップ二百五十ミリリットル入りパックの中身をぶちまけて、次の艦へとテレポートで移動する。と言う、非常に単純な作業を四人で繰り返し、約二時間程度経過した頃には、その空域に、満足に動くことの出来る鑑定は、一艘も居なくなっていたのである。

「まあ、修理しようにも、燃料ポンプ外すのには専用の装置が有るドックに入らなきゃだから、動ける様になるのは当分時間が必要だよね!」

「オイルのメンテが楽っちゃ楽なんだけどー、こうゆうトラブル一発で行動不能になるのってー、戦闘艦としてどうなんだろうねー」

姫野うちはその辺、完全独立で複数のバックアップ用意してるから、心配は無用だよ」

「あ、其れは心配してないよ」

「軍用装備にコスト削減の発想ってー、大丈夫なのかねー?」

 行動不能になった挙げ句に右往左往で大騒ぎになった暫定宙賊艦体の様子を眺めながら話をしているのは、姫野さつき、野村ユリカ、早見ユリア、姫野まゆ、プラス、運転手キティ・シャリエティプスの五人。

 後は、連邦の艦体が、救助という名目の捕縛回収にやって来るまで監視しておけば大体解決な模様である。

「「んじゃ、後、よろしくね(ー)」」

 そう、一言残してテレポートでいなくなったのは、ユリアとユリカのユリユリコンビだった。

「逃げた!!?」

「あはははははははははははははははははははは」

 残されたまゆは叫びを上げた。

 そして、キティは爆笑を始めた。

 今日も、彼らの活動は、平常運転をキープしているのである。残されている仕事は、大量の廃棄艦艦隊の移動やら調査やら乗員の捕縛やら事情調査やら…沢山。まゆの睡眠時間はどんどん減って行くのである。頑張れ。

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ある第一艦隊特務機関の一日 みゆki @miy2021

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