七日目 分かってしまった
ピッー。
警笛の音が固いコンクリートの地面に響き渡った。
パンパンのボストンバッグやタイヤが片方壊れたキャリーケースを抱えた旅行客が足早に駅の構内を歩き回る。
殆どがスマートフォンに目を落とし、電車や新幹線のダイヤを確認しているようだ。
そんな中、青い横線の入った新幹線が静かに駅に滑り込んだ。
平日でも日に40本以上の新幹線を擁するこの駅は東京から大阪まで、またその逆も然り、殆どがここを通らなければならない。
そのため毎朝毎晩、大勢の人がこの駅を訪れは去っていく。
そして今、別れを迎えている人がいた。
「私は先に行ってるぞ。駅まで送ってもらって悪いな、貴くん。んじゃ、また遊びに来るわ」
「こちらこそ、当館にご宿泊頂きありがとうございます。また、よしなに」
「んー、でも私が来るより貴くんが来る方が早いんじゃないかな」
「え?」
「ほんじゃ!」
新幹線が発車するまで10分ほどある。
意味ありげな笑みを浮かべ、軽い会釈を貴浩に飛ばすと、グリーン席を探しにいった。
――気を遣われたのかな。
周りから見れば素っ気ない態度に思われるかもしれないが、少しずつ分かってきた貴浩はそれが不器用な気遣いだと知っている。
「ありがとうございました。貴浩さんのおかげで最高の一週間になりました」
「僕は何もしてませんよ、ただ楽しむお手伝いをさせて貰っただけです」
「それでも、こんなに楽しかったのは初めてです」
笑みを浮かべ、瞳を輝かせる楓。
どうやら本当に喜んでいるようだ。
「あの……私たちはその…お付き合いしているんですよね」
「え、ええ、そのつもりですけど」
「一昨日と今日じゃ違うって変な気分ですね」
彼氏と彼女。彼女と彼氏。
婚約を、誓いを結んだわけでもない関係性は目隠しをして橋の欄干を渡るようだ。
繊細で際どい。
それを貴浩は今、肌で感じ取っていた。
「なんか、すごく危ない何かが僕から滲み出てきそうな気がします」
「そういう感じなのは…まだ」
――どういう感じがまだなんだ!
心の中で絶叫が迸る。
しかし、貴浩は喉元まで出かけた声を気合いと根性で押し込んだ。
「言葉を間違えました。その、変な虫がついて欲しくないというかなんていうか…これって独占なのかな」
「違うと思います。多分だけど、それが普通だと思います」
いつにも増して希薄に満ちた声で楓が言った。
「普通なのか」
「だから…….」
「じゃあ、これも普通ですね」
そういうと貴浩はその大きな腕を広げると、華奢な楓をそっと抱擁した。
「…….ッ⁉︎」
――このくらいの力加減でいいのか。
腕の中にいるのは自分の知らない柔さの人だ。
「あ、あ、あの!」
「あ、そうですね。もうすぐ新幹線の時間でしたね」
あと5分で東京行きの新幹線が発車する。
「そういうわけじゃ…」
「嫌でしたか?」
「…嬉しかった、です」
「それじゃ、もう一回やっておきます?」
「大丈夫です!では!」
再び腕を広げた貴浩から逃れるように、新幹線の中に駆け込んで行った。
あまりの必死な逃げに貴浩は笑みを浮かべ、早速合法的にかけられるようになった携帯の番号を見つけると、指を画面の上で踊らせた。
ーーーーーーーーーー
六ヶ月後。
ここでは特に書くべきではないだろう。
だが、惰性で生きていたような毎日に光を与え、意味を与えてくれた。
理由、そのものを。
それだけは書き記しておこう。
僕/私の七日間 きぃつね @ki1tsune
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