【短編】壊れゆくこの身を世界に捧ぐ

科威 架位

壊れゆくこの身を世界に捧ぐ

 二人の男の剣がぶつかり、火花を散らす。



「何故だっ!お前は何故、あんな人間達のために頑張れるんだっ!」



 黒い外套を着ている男が、もう一人の男に対して怒鳴る。


 それと同時に、二人は飛び退いてお互いの様子を伺う。



「俺は見ていた!お前がどれだけ頑張ろうと、どれだけ命を賭けようと!あの人間共はお前を蔑み続けた!」



 白い衣装に身を包む男は、その話を黙って聞いている。



「何体だ!お前は俺の召喚獣を何体倒した!数え切れない程倒していたよな!?その度に、街や都市を何回も救ってきたじゃないか!お前が居なかったら、人間はとっくに滅んでた!」



 怒鳴る男は、叫びつつも語りかけている様子だった。


 白い衣装の男に対して、敵意は殆ど抱いていないように見える。



「俺の作戦が成功すれば、お前も過ごしやすくなる!お前や俺達みたいな魔人に対する残酷な扱いも無くなり、平穏な日々を送る事が出来る!なのにだ!何故!お前はあんな人間共の為に命を張るんだ!?」



 白い衣装の男は、内心同意する。確かに、人間が滅べば自分は幸せに余生を暮らす事が出来る。衣食住は少し大変になるだろうが、魔人としての力を持ってすればそれは大きな問題にはならない。

 朝起きて、ご飯を食べて、趣味に没頭し、夜は寝る。そんな日々を送る事が出来るだろう。しかし、それでも男は人間を救いたい理由があった。



「・・・俺だって、人間は好きじゃない。」


「なら、どうして!?」


「人間は魔人を完全に下に見てる。それこそ虫のような扱い方だ。そんな扱いをされて喜ぶ程、俺は変態じゃない。」



 白い衣装の男は言葉を続ける。



「魔人は人間が暮らすのに多大な影響を及ぼしている。魔人が居なくなれば、人間は今まで通りの生活を送れなくなるだろう。」


「だから、どういう事なんだ!」


「・・・理解させたいのさ。魔人が、人間が暮らす上でかけがえの無い存在だと。」



 それを聞いた黒い外套の男は激怒する。



「そんな事、人間が理解するわけ無いだろう!奴らは自分の信じる事以外は悪と定める様な奴らだ!分かるだろう!?どう理解させるというのだ!」



「そんな事、決まっている。」



 次の言葉に、黒い外套の男は驚愕した。



「俺を含め、魔人を全員殺すんだよ。」


「・・・・・・はぁ?」



 脳内を混乱が支配する。予想し得なかった回答。その先の言葉を聞き、黒い外套の男は更に驚愕した。



「魔人が絶滅すれば、人間はその有難さに気付く筈だ。現に、様々な動植物が絶滅して、人間達はそれを重く捉えている。魔人も絶滅すれば、人間は反省すると思わないか?」



 黒い外套の男は少し黙る。下を俯いて、とても暗い顔をしている。そして、顔を上げると、男の顔は憤怒に染まっていた。



「・・・ああ、成程な。よく分かった。」


「そうか。なら、大人しく───」


「お前を俺と同類だと思ってたのが間違いだった。お前は、絶対に殺す!」


「・・・やはり理解されないか。今まで様々な魔人にこの事を話したり、協力を求めたりしたが、全員殺す羽目になってしまったからな。」


「よくもぬけぬけとッ!」



 そう言って、黒い外套の男は白い衣装の男に斬りかかった。

 しかし、剣を振り下ろす途中で、自身の体が言う事を聞かなくなる。

 指、足、腕等のの全ての体の部位が動かなくなり、呼吸もままならなくなる。



「な、なに、が・・・。」


「悠長に話してくれて助かった。お陰で、用意していた麻痺毒が効いてきたみたいだな。」



 見ると、いつの間にか周囲の大気がガスで覆われていた。冷静さをかいていたせいか、一切気が付かなかったようだ。そして、それを認識した瞬間、黒い外套の男は、自分の首が落とされた事に気付いた。



「お前が一番厄介な魔人だったから少々警戒していたんだが・・・過大評価だったな。こうも感情に流され易いとは、少々拍子抜けだったぞ。」



 白い衣装の男は、そう言って踵を返す。もうやる事は済んだと言わんばかりに、ここから立ち去ろうとしている。



(こいつは・・・ッ!絶対、生かして返さないッ!)



 首だけになりながらも、黒い外套の男はある魔術を発動させる。白い衣装の男は油断していて、こちらの魔術に一切気付いていない。

 数秒の溜め時間を経て発射された魔術は、白い衣装の男に見事に命中した。



「ッ!なんだと!?」



 しかし、その魔術は白い衣装の男に傷を一切与えなかった。白い衣装の男はそれを不思議に思い、黒い外套の男に問いかける。



「貴様ッ!俺に一体、何をした!」



 そう怒鳴りかけるが、反応は一切無い。見ると、黒い外套の男は既に事切れていた。

 聞いても無駄だと判断した白い衣装の男は、自身の体に傷が無いことを再度確認すると、大したことの無い魔術だったと判断し、その場から去った。



(不安は拭えない。が、あんな弱い奴がかけられる魔術なんてたかが知れてる。気にする必要は無いな。)



 男が去った後には、首と、胴体と、使い古された剣だけが転がっていた。



★★★★★



 黒い外套の男を倒した男、「千里」は深い森の中にある洞窟に来ていた。



(召喚獣の首魁は倒した・・・が、だからと言って元々召喚されていた召喚獣が消える訳では無い。)



 千里は、召喚獣を全て倒してから黒い外套の男を倒した訳ではなかったため、黒い外套の男が召喚し、配置していた召喚獣はそのままにしたままだった。



(このままだといつ人間達を襲うか分からない。魔人を絶滅させる前に、早く倒しておかないと。)



 千里の目的は魔人を完全に絶滅させる事であるため、基本的に魔人を殺すのは最優先事項だが、今回は人間達の命が危ないため、魔人よりも召喚獣を優先する事にしていた。

 そして、様々な場所を巡った結果、多く居るうちの召喚獣の十体が、この洞窟にいる事が判明したため、千里はこの場所に訪れていた。



 洞窟の入口は人が一人入れるか位の大きさで、人間の体の何倍もの大きさを持つ召喚獣が入れそうには無かった。

 しかし、召喚獣の中には体の大きさを自由に変えられる個体も居るので、この洞窟にいる可能性はかなり高かった。



(さて、早速入ってみるか。)



 そう決心すると、千里は暗い洞窟の中に入っていった。







(やはり暗いな・・・。)



 入った洞窟は、小さな入口とは比べ物にならない程広々としていた。当然のように暗闇だが、魔人である千里は、暗かろうが明るかろうが物がはっきり見えるため、さほど関係は無かった。


 そして洞窟の奥を見ると、一人の人間が複数異形の獣に囚われ、暴力を受けていた。



(周りの奴らが召喚獣か?人間が襲われてるのは何故だ?普通なら嬲る事もせず殺す筈だが……)



 その人間は既に気を失っており、いつ死んでも可笑しくない状況だった。


 魔人は殺すが人間は助けると決めている千里は、襲われている人間を助ける事を決断する。



(暴力を振るう事に夢中で此方に気付いていない、か。余裕だな。)



 突っ込んで斬った方が早いと考えた千里は、

召喚獣達が千里に気付く頃には既に目と鼻の先まで迫っていた。


 そして、刹那の間に半数以上の召喚獣がバラバラに切り刻まれ、殺された事に気づく事も無く即死した。



(・・・?可笑しい。七体斬ったつもりだったが、二体に避けられた?この召喚獣は前も戦った事があるが、そんなに強かったか?)


「グゥルァッ!」



 千里が疑問を覚える間もなく召喚獣達が千里目掛けて襲いかかる。抱いた疑問は拭えないが、召喚獣を倒す事が最優先だと瞬時に判断した千里は、襲いかかってきた三体の召喚獣を一瞬で斬り払った。



「残りは二体、すぐ終わらせるっ!」


「ガウッ!」



 召喚獣が吠えたその瞬間、千里の持つ刀は既に二体の召喚獣を斬り裂いていた。本来ならそこで即死するはずだったが、二体の召喚獣は瀕死の状態で生き残っていた。



(こいつら、さっき俺の攻撃を避けた二体か。やはり、他の召喚獣よりも強くなっているな。)


「グゥ・・・アァ・・・」



 千里は召喚獣に最後のトドメを刺し、襲われていた人間を助けようとする。すると、千里の体に鈍器で殴られたような激痛が走った。



「ぁああっ!ぐっ、な、んだ、?一体、何───」



 立て続けに同じ痛みが九回走った。


 目の前が点滅する。痛みで手も足もろくに動かせなくなり、意識が朦朧としてくる。



「はぁ、はぁ、っ!クッソ、何なんだ一体!」



 痛みには慣れている千里は直ぐに気を取り戻すが、尚も体はろくに動かせない。体に力を入れようとするが、ほんの少しではあるが力が抜けている様な感覚がした。


 その感覚に覚えがあった千里は、魔人にのみ宿るエネルギーである""魔力""を使い、自身の体をくまなく調べる。



(この感覚…召喚獣の強化…そして、あの魔人の最後の魔術…まさか!)



 黒い外套の魔人のかけた魔術を思い出す。あの時はなんとも無かったが、今思えば、魔術をかけられてなんとも無いなど決して有り得ない。


 魔術の一つに""呪い""がある。術者の任意でしか解除出来ず、もし術者が死んでしまえば解除する術が一切無くなってしまう物だ。



(まさか…まさかまさかまさか!あいつゥッ!)



 魔力で体を調べた結果、自分の体には""魂の束縛と下僕の糧""という呪いがかけられていた。


 ""魂の束縛と下僕の糧""の呪いの効果は、呪いの対象の力の十分の一を自分の仲間、もしくは手下に分け与え、力を分け与えた対象が死ぬ時に呪いの対象の持つ力をほんの少し減少させるというものである。



(先程の痛みは力の消滅による副作用か…?力を全て失えば魔人は死ぬ…そして残っている召喚獣を全て倒せば、丁度俺の力も全て失われる…あいつっ!まさかこれを計算してっ!)



 千里自身とあの男に対して怒りが爆発する。あの男には、呪いをかけた事に対して。自分には、魔術を使う間もなく殺さなかった事に対して。


 未然に防げた呪い。しかし、あの男が死んだ以上はもう呪いを解くことが出来ない。



(どうする…どうするどうするどうする!)



 魔人は強い。特に魔力の多い魔人は音より速い速度で問題無く動ける為、銃を使うよりも剣を持った方が強いと言われる程だ。

 勿論、千里はその魔人の中でもトップクラスの強さを持つ。全盛期であれば、千里に敵う魔人は殆ど存在しない程だ。

 しかし、召喚獣を倒して行き力を失っていけば、当然魔人の殺害も困難になる。

 それなら召喚獣より先に魔人を倒せば良いと思うかもしれないが、召喚獣はいつ人間達を襲うか分からない状態にある。

 これからどう行動すれば分からなくなった千里は、その場に座り込み頭を抱える。



(召喚獣に魔人を襲わせるか…?いや、召喚獣を意のままに操れるか自信は無い。それに、俺は召喚獣の親玉を殺した。召喚獣にはそれが伝わっている筈だ。そんな奴に操られる程召喚獣は馬鹿じゃない。)



 召喚獣と召喚主は常にパスが繋がっている。言わば感覚を半分共有した状態だ。故に召喚主が死んだ事も恐らく知れ渡っているし、誰が殺したのかも知れ渡っている。



(召喚獣を全て倒せば人間の安全は保証される…しかしそれだと俺は死ぬ。そうなれば目的も達成する事が出来ない。魔人を先に全て殺すか…いや、その間に人間達が召喚獣に襲われる可能性は高い。それに魔人は世界に一億二千万程居る…召喚獣を倒しながら魔人を倒すのは流石に骨が折れる。クソっ!何も良い方法が思い付かない!)



 千里は頭はさして良い方とは言えない。それが問題とも言い切れないが、千里の頭にはこの詰みの状態の打開策が一切思い浮かばなかった。

 そうして思い悩んでいると、千里の耳に女性の声が聞こえて来る。



「ここは…?」



 気付くと、先程助けた人間が目を覚ましていた。それは喜ばしい事だが、千里はその状況に疑問を覚える。



(何故だ…?死にかけで体もボロボロだったのに、何故無傷になっている…?)



 服は召喚獣に切り裂かれて見るも無惨な状態だが、その服が包む女性の体が一切傷付いていなかった。人間では有り得ない再生力だ。

 千里は一つの可能性に思い当たり、集中して女性の方を見る。



(魔力を感じる…やはり、魔人か。しかも瞬時の再生能力持ち…)



 女性は人間ではなく魔人だった。その事実だけで、女性は千里にとって殺害対象に変わる。

 千里は痛む体を動かし、剣を抜き、女性を斬ろうとする。そして女性に気付かれない間に殺そうとするが、魔人に会った時に言うと決めている"あの言葉"を女性に投げかける。



「おい、貴様。」


「う〜ん…え?」


「俺は魔人を絶滅させる事を目標にしている。勿論お前も殺す対象になる訳だが…提案だ。俺の目標を手伝え。見返りは無い。」


「良いよ。」


「……は?」














(まさか自分や周りの命をなんとも思ってない魔人が居るとは…いや、そもそも魔人は感情が希薄だったな。今まで会ってきた魔人が特異だっただけか。)



 自分の計画に協力すると言った女性の魔人の名は"背理"と言った。魔人の中でも特に異質な回復能力を持つ背理を仲間にした千里は、背理を連れて魔人が比較的多く居ると言う日本の大阪に来ていた。


 周りに並ぶビルの群れ。その中を歩く千里と背理は、周りの人間から見てかなり浮いていた。



(俺も背理も魔力は隠した。だから魔人だとは思われてない筈だが…服装が拙いな。戦闘に特化させすぎて見た目が特殊なせいでかなり目立ってる。)



 もし人間に魔人だとバレれば直ぐに連れて行かれて発電器として扱われる。そうなってしまえば二度と太陽を見ることは叶わない上に、死ぬことも許されない地獄が永遠に続くことになる。それに何より、自分の目的が果たせなくなってしまうため、捕まる訳にはいかないと考えていた。



(一応、普段着ていても何ら違和感の無い服は持っている。何処か建物の裏にでも隠れて着替えるか。)



 周りの建物を見回す。隠れるのに最適な建物を見つけた千里は、背理を連れてその建物の裏に隠れ、バッグの中にある普段着を取り出す。


 千里はそこで、一つ問題があることに気付く。



(まずい…女性が着る用の服が無い…)



 千里の持っている服はどれも、男が着るような服だけだった。下着も男性用の物しか無く、とてもじゃないが背理の様な女性が着る服では無かった。


 そのことで千里が困っている様子を、背理は何ともなしに見つめていた。



(何とか無難な服を探して着させるか。下着は…今着てるもので我慢してもらおう。)



 暫くバッグの中を漁っていると、男性が着ても女性が着ても違和感の無さそうな服を見付けた。他に特に良さそうな服は無いため、千里は服を探すのを諦める。



(まあ、どうしても必要になったら買いに行けばいいか。とりあえず今はこれで我慢してもらおう。)


「この服に着替えろ。その服装じゃ周りから浮いてしまう。下着は今ので我慢しろ。良いな?」



 背理は黙って渡された服を受け取る。そこに否定的な感情は無く、また、肯定的な感情も無かった。魔人特有の感情の無さに、千里は少し不気味がる。



(本来の魔人はやはり不気味だ。感情の変化が殆ど無いとは言え、あれだけ痛めつけられていたのを何とも感じていないのだからな。)



 千里は知らないが、魔人には魔力の多さで感情が変化するという性質があった。そして、背理は魔力は多い方では無かったため、感情がが殆ど無かった。その為、背理はどんな物事に対しても何かを感じることが無かった。


 背理は渡された服に黙って着替える。下着は少々汚れているが、背理にはそれを気にした様子は無い。服で隠せる程度の汚れのため、千里も気にした様子は無かった。



(さて、俺より魔力の多い魔人はあと一人。そいつさえ殺せば、後は作業の様なものだ。魔力の少ない魔人など簡単に殺せるからな。)



 千里は目的の魔人を思い出す。名前は冗句。物理戦闘に特化した魔人であり、千里でも勝てるかは分からない魔人である。今は世界中に捕らわれている魔人を助けて回っており、人間を数多く殺している魔人である。



(こいつだけは全盛期の俺でも倒せるか分からない。ただでさえ今は呪われて力が下がっている。召喚獣を倒す前に倒しておかねばならない。)



 冗句の居場所を把握している千里は、その場所を確認し、普段着に着替えた上でその場所に向かって歩き出した。



(作戦は何時もので良いな。召喚主にも通じたんだ。恐らく冗句にも通じるだろう。)


「次の魔人を殺しに行くぞ。お前にも手伝ってもらうから付いてこい。」


「うん。分かった。」



 背理は感情の無い瞳で千里の背を見つめながら千里に付いていく。











 千里が足を止めた場所は、大通りから外れた所にあるかなり古びた廃ビルだった。そのビルの周囲にある建物もかなり老朽化しており、人の整備が届いてないため、ビルの前にある道路も所々が剝がれていた。


 しかし、ビルを少し見上げると、一室だけ周りの部屋よりもきれいに掃除されている部屋があった。他の部屋に比べ窓が割れていないため、ビルの外からも判別する事が出来た。



(冗句が居るのはあの部屋だな。電気が点いているから冗句は今休んでいるのか…なら丁度良い。奇襲を仕掛けよう。)



 千里はバッグから手榴弾を五つ程取り出した。その手榴弾にどこか不備がないか確認した千里は、その手榴弾を背理に渡す。



「あの二階の明るい部屋にそれを五つ一気に投げ入れろ。そしたら俺があそこに飛んで行って冗句を仕留める。」


「なんで五つ?」


「冗句は銃火器とか、そういった類の兵器が効きにくいんだよ。手榴弾の一個や二個じゃあ火傷も負わない。五つでやっとあいつが痛がるほどのダメージが入る。だから一気に投げ込め。いいな?」


「はいはい。」


(こいつ本当に分かってんのか…?)



 それから手榴弾のある程度の使い方を背理に教えた千里は、自分も戦闘準備をするために白い外套を取り出した。



(装備もいつもので良いだろう。特に効果は無いが、軽いし麻痺ガスを隠れて発生させるときに役立つからな。)



 取り出した外套を羽織った千里はどこからか取り出した鞘のついてない背丈ほどある長さの刀を装備し、戦闘準備を終える。



「その刀、なに?」


(珍しいな。弱い魔人が何かに興味を示すとは。)


「ある人から貰ったんだ。絶対に壊れず、絶対に刃こぼれせず、それでいて見た目よりも遥かに重い刀だ。強い部類に入る魔人でも、使えるのは俺か冗句だけだな。」


「あんな狭い部屋で振り回して大丈夫?」


「ああ。どうせここ一帯はどう足掻いても更地になる。だから広さとかは気にしなくていい。」


「手榴弾を投げた後、私はどうすれば良い?」


(ああ、それは考えていなかった…しかし、特に何もする必要はなさそうだ。)



 千里は不意を突けば簡単に冗句を殺せると思っていた。いくら戦闘能力が高いとはいえ、不意を突いてしまえばその戦闘能力も格段に落ちる。建物ごと斬る必要はあるだろうが、そこから間髪入れず攻めていけば冗句もいずれ死ぬだろうと考えていた。



(いざとなれば激怒させて、その隙を突いてガスを充満させれば良い。)


「特に何もしなくて良い。冗句か人間に見つからないよう、どこかにある地下室にでも隠れとけ。」


「分かった。」


「よし、ならば———」


「お前かぁ?弐厘を殺したやつはぁ?」


「———ッ!」



 背後から声がした瞬間、体が背中から爆発するような衝撃が千里を襲う。殴られたと理解した千里は、数メートル吹き飛んだ先ですぐに体勢を立て直し、自身を殴ったであろう人物を見やる。



(この力…この雰囲気…まさか、こいつが!)


「貴様が冗句か!」


「おうよ。外に不穏な気配がしたから見てみたら、弐厘が写真で送ってきた”魔人を殺してる魔人”と同じ姿をした奴が居るからよぉ、まさかと思ったわけだぁ。」



 長く話過ぎたと後悔した千里は、手に持っている刀を構えると同時に、聞き覚えの無い名前が、冗句の話の中に入っていることに気付く。



「弐厘って誰だ。誰が俺の情報をお前に送った?」


「……あぁあ?」



 千里がそう質問した瞬間、冗句から怒りの籠った声が飛んでくる。



「誰だとぉ?てめぇが殺した召喚獣の召喚主だよ!俺たち魔人の為に身を削って人間に反抗し、てめぇにしょうもねぇ理由で殺された魔人だよ!」


(ああ、あの召喚主か。それよりも…しょうもない理由…だと?)



 千里は弐厘が誰なのか理解すると同時に、冗句の言葉に激しい怒りを覚える。そんな千里の様子を無視し、冗句は尚も怒鳴り続けている。



「……おい。」


「弐厘だって最初は人間を殺そうとはしなかったさ!俺達と一緒に人間から隠れて暮らしたり、魔人と仲良くしてくれる人間を探したりもしたさ!けど…無駄だった。」



 弐厘は魔人を愛していた。そしてそれと同じ位人間を恨んでいた。人間は皆魔人を燃料としてしか見ていなかったからだ。誰かがこれを見ていれば、「人間がみんなそうじゃない」と言うだろう。弐厘もその可能性を信じ、人間に対して牙を剝く事をしなかった時期があった。


 故に弐厘はそんな人間がいる国を求めた。国によって価値観は異なる。魔人と仲良くしてくれる人間がいる国もあるはずだと信じ、すべての国を周った。


 しかし、どの国のどの人間も、魔人の事を燃料としてしか見ていなかった。



「…おい。」


「あいつがどれだけ魔人の為に頑張ったか分かるか⁉親を人間が使うための燃料に還元されようと!弟を人間にペットとして扱われ、最終的に殺されようと!魔人である俺達が、平和に暮らせるような世の中を目指し続けていたんだ!」



 そして絶望した弐厘は、魔人の総戦力を結集し、人間を絶滅させることを計画した。そして最終的に、弐厘が千里に殺されるまでに、約百九十の国のうち百四十三もの国と人間を滅亡させてきた。



「おい!」


「それなのにてめぇは———ぁあ?」



 千里が大きい声で怒鳴る。冗句もそれに反応し、怒鳴るのをやめ、千里の方を見やる。冗句から見た千里の顔は憤怒に染まっていた。刀を片手で強く握り、いまにも攻撃してきそうな雰囲気を感じた冗句は、身を構えつつ千里の話を聞く。



「何も知らない奴がッ!俺の目的を否定するなァ‼」



 千里は刀を大きく振りかぶり、冗句に突進する。体を袈裟斬りにするつもりで放ったその攻撃は身をかがめて避けられる。



「ハッ、やはりな。」


「———ッ!」



 攻撃を外した隙を見切られ、千里はがら空きの鳩尾に拳を食らってしまう。



「速度が弐厘からの報告より落ちてるなぁ?呪いにかかってんだろ?」


(こいつ、知って…!)



 鳩尾に攻撃を食らい、吹き飛んでいる最中に追い付いてきた冗句に頭を掴まれ、身動きが取れなくなってしまう。


 頭を掴む手に力が入るのを感じる。それを感じると同時に、さらに追撃の拳が連続で何発も飛んでくる。



(まずい…このままでは…)


「魔人でも頭を潰されれば死ぬのかねぇ?ちょっと確かめてくれや。」



 その言葉を聞いた直後、千里の意識は消失した。









『千……なた…ゆう…に…』


『…めだ!…きらめる…生き…』








「世界!」



 千里が目を覚ますと、目の前には背理の顔があった。



「ここは…」


「やっと目を覚ました。遅い。」



 自分の最後の記憶を思い出す。冗句に頭を掴まれたところまでは覚えている。冗句の言っていた事も考えると、恐らく頭を握りつぶされたのだろう。しかし、そうだとして、なぜ生きているかが理解出来ない。



「何故、生きているんだ?」


「魔人にだけ限った話だけど、心臓か脳さえ綺麗に残っていれば全身元通りにできる。千里が死んだ後、あの魔人はどこかに行ったし、心臓が残っていたから生き返らせる事が出来た。」


「マジか…てことは、呪いで死んだ場合も元通りに出来るか?」


「それは無理。」


「そうか………」



 そこまで聞いて、千里は自分が今どんな体勢で寝ているかを思い出し、まさかと声を上げる。



(こいつのこの顔の見え方…そして頭の下にある感触…これは人間で言う所の…!)


「なんで膝枕してんだ!」



 千里は急に恥ずかしくなり、その場から起き上がる。背理は何ともない顔をしているが、千里は顔が真っ赤になっていた。



「だって、ここら辺道が荒れてるから。それに、頭は再生した後は柔らかい物の上に置かないと変な形が付くし。」


「そ、そうか………というか、冗句にバレなかったのか?俺の傍にいたから仲間だと思われて殺されてても可笑しくないだろう?」



 千里は気を取り直し、無理なやり方で話を変える。背理は膝枕したことを何とも思っていないため、気にする必要な無いと自分に言い聞かせる。



「千里にだけ気が向いてたから、私には気付かなかったみたい。余程千里に怒ってたみたいだね。」


「そ、そうか。それは良かった。」



 それから体を確認し、他に異常がないか確認した千里は荷物をまとめ、今いる場所から離れようとする。



(刀は…よし、ちゃんとあるな。というか、荷物の大半は無事だな。俺が早く死んだせいで戦闘が激化しなかったおかげか。)



 幸い、荷物は殆ど無事だった為、バッグに荷物をまとめる。荷物をまとめ終わると、その様子を座ってみていた背理が千里に声をかけてくる。



「これからどうするの?」



 そう聞かれて千里は少し悩む。恐らくだが、千里は冗句に「死んだ」と思われている為、追いかけてくることは絶対に無い。しかし、生きていることがばれてしまえば死ぬまで追いかけてくるだろう。



(死ぬまで追いかけてこなくても、世界中にいる召喚獣をすべて殺せば俺は死ぬ。だから、決して冗句に生きていることがばれてはいけない。)



 再び詰みになってしまった千里は、一つの疑問を抱く。



(そう言えば、背理は何故俺を生き返らせたんだ?俺の事は放っておいて何処かに行きそうなものを…まあ、考えても無駄か。)



 千里は考える。どうすれば目的を達成できるか。魔人を殺し、召喚獣を殺す。しかし、そのどちらかを実行すると、冗句に生きていることがばれてしまう。



「…よし。」


「どうするの?」


「最優先で冗句を殺す。」


「出来るの?あんなにすぐやられてたのに。」


「あの時の俺は冷静さを欠いていた。冷静に戦えば確実にやれる…それに…」


「それに?」



千里は冗句の言葉を思い出す。冷静さを欠く原因となった言葉を。



(俺の目的を…否定することは許さない。)


「あいつは俺の目的を『しょうもない』と言った。絶対に許さない。そして…」













「絶対に殺す。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】壊れゆくこの身を世界に捧ぐ 科威 架位 @meetyer

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ