51 昔は〈映画化〉したもんだ。⑦幸田文『おとうと』

 前回の続きです。


 00:01:02、鞄を斜めがけした碧郎。やりきれない顔ですがふいに立ち止まり、後ろを向きます。


 00:01:14、そこにすかさず、げんが傘をさしかけながら追い付きます。


 00:01:16、姉と弟は顔を見合わせてはじめて明るく笑います。二人の仲のよさが見えます。


 セリフを抜粋します。


 げん「機嫌なおった? これ、もってく?(傘を渡します)」

 碧郎「ちがうよ。姉さんがかわいそうだからさ」

 げん「なぜ?」

 碧郎「なぜでもさ。もうよせよ、追ってくるの。傘なんかいらないんだからさ」


 仕方なくげんは、碧郎と並んでひとつの傘で歩きはじめます。


 碧郎「雨が降るたんびに骨が一本ずつ折れても、修繕にも出してもらえないんだ、僕のこうもりは。かわいそうに」


 碧郎はしょんぼりした顔です。でも、蝙蝠傘の件は、姉さんのせいじゃない、と言ったあとで、


 碧郎「今日のお弁当のおかずなあに?」

 げん「よくないのよ。また、鰹節」

 碧郎「つまんないな。傘もだめだし。弁当も鰹節だし。あの人はなんにもしてくれやしない」

 げん「あの人、だなんて。悪いじゃない。お母さんよ」


 00:02:16、姉を振り切り碧郎はまた、雨の中を傘なしで飛び出して行くのでした。


 碧郎さん、と呼ぶと、振り返って、笑顔で姉に手を振り、そのまま行ってしまいます。


 ここの川口浩の笑顔がかわいいんですよ。


 直してもらえない蝙蝠傘の話題と、続いてのお弁当の話題、碧郎が無理に話題を明るいほうに変えようとしているように見えて、なんだかいじらしさが出ています。


 ここまでで、原作読んでから見た勢として完全に原作冒頭の彼らの状況を思い出し、涙ぐみそうになりました(笑)


 そして、この場面のあとで原作者、脚本、キャストが現れます。


 この、姉と弟の辛い中での温かなやり取り場面全体がアバンタイトルでした。


 画面に監督:市川崑と映されたあとで本編がはじまりますが、それからはきつい家庭の現実の連続でなかなかハードです。


 アバンタイトルになっているおかげで、姉弟二人のエピソードが特別な思い出のように切り分けられ、後々の展開の端々で碧郎の笑顔を思い出してやりきれなくなります。憎い構成だなあ。


 というわけで結局長くなりましたが、うわあ、もろもろ映画向けになってるけど原作のツボ押さえてくれてる! というお手本のようだった映画版『おとうと』冒頭でした。

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