第24話 処暑
8月も終わりが近い。日中は変わらず太陽の光が鋭いが、朝夕は過ごしやすくなってきた。蒸し暑さがありながらも時折肌に心地良い、ひんやりとした風が通り過ぎて行く。
私は買い物鞄片手に河川敷を歩いていた。お盆が終わり、仕事が始まったものの本腰をいれることができずにいる。今だって夕食のメニューが思いつかない。けれど私の足はスーパーマーケットに向かって進む。
私の側を日焼けした子供達が通り過ぎていく。何がそんなに面白いのか、大きな声で笑いあってる。夏休みももう終わりだ。子供達から最後まで遊びつくしてやろうという気概が感じられて少し笑う。
河川敷を走るランナーが勢いよく私の横を通り過ぎて行く。これからもっと走りやすい季節になるんだろうな。まあ、私が走ることはないんだろうけど。
蝉の声も心なしか減ってきた気がする。夏の始まりは騒がしいなと思っていたのにいざ聞こえなくなると寂しいものだ。
「サンマ―。サンマは如何?」
しゃがれた店員さんの声を聞いて私は心の中で「それだ!」と思った。
暫く店内の冷房で涼みながらサンマをベースに今晩の食材を集める。
ワントーン暗くなった河川敷の道をひとり歩く。
私はこのまま何もなく家に辿り着くものだと思っていた。……あいつに会うまでは。
「にゃあ」
いつの間にか私の足元に毛むくじゃらの生命体がいる。
「うわっ……。猫?」
その猫は不思議な柄の毛皮をしていた。黒とオレンジ色があちこち体にちらばっているような、地面と似たような色合いをしている。危うく踏んづけるところだった。
猫は私の足元に体をこすりつける。私は猫の思惑が分かるとにやけた。身を屈めて猫の顎下を撫でてやる。
「悪いけど。このサンマは私の餌だよ」
猫は私の言葉を理解したのかしていないのか……。ぐるぐると喉を鳴らしてご機嫌だ。
リン、リリン、リン……。ジジジジ……。
私は秋の虫の声を聞く。しゃがみ込んだことによって音がより間近に聞こえる。
見ると隣に座る猫も私と同じ
私は暫く、猫の隣でしゃがんで小さなコンサートを楽しんでいた。
「秋のおすそわけ。ありがとう」
私は再び猫の顎下を人差し指で優しく撫でてやった。
もしかして、秋の音楽を聴かせるために私の側に来てくれたのだろうか。そんなことを考えて私は心の中で笑う。家路を急ぐ気持ちは何処へやら。時間がゆっくり流れていくのを感じた。
まさか。猫に限ってそんなことしないよね。
猫も満足したようで、軽快な足取りで河川敷の草原に消えて行った。
家に辿り着いた私は焼き立てのサンマを頬張っていた。窓から入ってくる涼しい風が私の肌を滑っていった。同時にサンマを焼いた香ばしい香り、醬油と大根おろしの香りがふわりと舞う。
「この『
頭の中でサンマを漢字変換して更に秋を感じる。
時々あんな風に立ち止まってみるのもいい。またあいつに会えるかもしれないし。
猫の季節 ねむるこ @kei87puow
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます