第23話 立秋

「残暑お見舞い?」


 郵便ポストに入っていた葉書を見て私は首を傾げた。蝉の泣き声がBGMみたいにずっと聞こえてくる。


「ああもうそんな時期なのね」


 私の後ろから祖母がひょっこりと顔を出した。私は今、祖父母の家に1人で遊びにやって来ている。社会勉強を兼ねて1人で泊まりに来たのだ。毎年のことなのでもう慣れてしまったけれど。

 葉書の差出人は私の叔母だ。葉書の隅に猫の写真が印刷されている。そう言えば叔母さん、猫を飼ってるって言ってたっけ。写真にはヒョウ柄の野性味あふれる猫が寝転がっている様子が映っている。


「残暑って……。まだ夏真っ盛りだから暑中見舞いじゃないの?」


 私の言葉に祖母はしわくちゃの笑顔を向ける。


「もう暦は立秋。秋なのよ」

「嘘でしょー」


 私は照り付ける太陽を見上げて項垂れた。とても秋の陽気とは思えない。額の汗を腕で拭う。その様子を見て祖母が笑った。


「暑さのピークが今来てるでしょう?ということはもう秋は目の前まで来てるってことなのよ」

「そうなの?そんな風には見えないけど……」

「さあさあ!スイカ切ってあげるから座んなさい」

「……はーい」


 私は元気よく返事をすると残暑見舞いの葉書を手にして居間に座る。冷房の効いた居間には先客がいた。

 畳の部屋で細長く伸びている物体がいる。

 それは明るい茶色の下地に濃い茶色の縞模様が入った猫だ。鼻と口元、お腹にかけては白い毛並みをしている。寝っ転がりながら部屋に入って来た人物を確認していた。瞳孔が細く、ワニのような瞳をしている。


「チコ。今日も暑いねー」


 私はそう言うとわしゃわしゃとチコの顎下を撫でてやる。チコは面倒くさそうに眼を細めた。長いしっぽが上下に大きく揺れるのは不機嫌な証だ。それでも構わず私は撫でてやる。

 チコとの再会も私の夏の楽しみの1つだ。こうやってチコはただ寝てるだけなんだけどね。


「ほら、お食べ」


 私は祖母が持ってきた赤いスイカに飛びついた。


「いただきまーす!」


 シャリっという食感と共に水分がじゅわっと口の中に広がる。乾いた喉にスイカの冷たい果汁が流れ込んだ。塩のしょっぱさもちょうどよく、私は夢中になってスイカを頬張った。その様子を上体を起こしてチコは遠巻きに眺める。


「あー。美味しかった……」


 私もチコみたいに畳に寝っ転がる。

 扇風機の風で縁側に吊り下げられた風鈴がちりんっと鳴った。

 もう秋に近づいてるんだ……。そう考えると何だか寂しく思えた。学校の宿題が頭によぎってすぐに掻き消す。

 そんな私の憂いに気が付いたのか。チコは私の真横にやってくると盛大に寝ころんだ。前足を伸ばし、爪が微かに私の服に引っかかる。

 私は可笑しくなって声を上げて笑った。

 今のうちに夏の色んな「楽しい」を味わっておこう。

 このうんざりするような暑さも。蝉のBGMも。スイカの味、風鈴の音色、扇風機の風と起動音。それと畳でチコと寝転がることも……。

 秋になると全部失ってしまう感覚だ。秋は秋で楽しいことは山ほどあるけど、夏の感覚は夏にしかない。

 さて。明日は何をしようかな?

 

 

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