第22話 大暑

「あちいーっ!」


 節約のためと言って、一人暮らしを始めた頃は躊躇っていたクーラーが常に稼働していた。テレビではしきりに「最高気温更新」という言葉を耳にする。

 家に帰ってくるとテーブルの上に屋台で購入した焼き鳥のパックを置く。

 近くで夏祭りが開かれているらしく、駅から家まで戻ってくるのに随分と時間がかかった。電車の中で浴衣を身に付けた女の子たちを見ても何も感じないのは仕事終わりで疲れ切っているからだろう。華やかな色彩を目の端に追いやった。

 俺は黒い通勤カバンを投げ捨て、風呂場へ一直線に向かう。


「涼しー!」


 思わず俺は声を上げた。

 風呂上がり、クーラーの効いた部屋は最高だ。更に扇風機に吹かれれば気分は爽快。汗と湿気による不快感から解放される。

 冷蔵庫から取り出したばかりの麦茶を一気飲みした。冷たい麦茶が喉を通り抜け、体全体に涼しさを運ぶ。


「そろそろかな?」


 ベランダに出ると折り畳みチェアを置く。ベランダはそこまで広くないので足を延ばすことはできないが座るぐらいなら何ともない。再び感じる蒸し暑さに俺は顔を顰めた。


「どうせなら……」


 俺は風呂場から水の入った洗面器を持って来る。ついでに氷をありったけ入れてやる。

 サイドテーブル代わりのクーラーボックスの上に焼き鳥と麦茶を置けば……特等席の完成だ。

 満足している俺の側に黒い影が忍び寄る。室外機に何かが飛び乗る音がして、俺は肩をびくつかせた。


「何だ……猫かよ」


 そこには黒猫が座っていた。よく見ると黒色の中に薄っすらと縞模様が見える。

 俺は思わずその黒猫の顔をまじまじと眺めた。なんとその猫、左右で目の色が違ったのだ。これが世に言うオッドアイというやつだろう。右目が黄金色、左目が青色をしていた。ビー玉みたいなその目を見ていると屋台で見かけたラムネを思い出す。ラムネも買ってくれば良かったかな?


 猫は俺が口に運ぶ焼き鳥を熱心に見つめている。気まずくなった俺は静かに部屋に戻った。


「焼き鳥はあげられねえけど……水ぐらいなら」


 俺は背の低いコップに水をためてきてやると猫の前に置いてやる。猫は不服そうな表情を浮かべるが、ひくひくと小さな鼻でコップのの中身を確認する。水だと分からるとぺちゃぺちゃとあちこちに水を飛ばしながら飲んだ。

 俺はその様子に笑うと、麦茶を口に運ぶ。暫くこの珍客とベランダで過ごした。

 何とも映えない光景だったが俺にとっては私服のひとときだった。

 

 ドンッ。ドンッドン……。


 大きな音と共に、真っ黒な空が明るくなる。

 

「始まった始まった!」


 俺は折り畳みチェアに寄りかかりながら空を見る。どんなに暑くて気怠い夏でも花火を見ると不思議と心が爽快な気分になる。俺は猫の方をちらりと見た。

 猫はベランダに腹を付けて寝そべりながら空を見上げていた。二つの瞳をまん丸にさせながら、首を傾げて空を眺めている。


「あれはなー花火だよ」


 俺は食べ終わった焼き鳥の串を天に向けながら教えてやる。まあ猫だから分かるわけもないけど。

 猫と花火を見る。

 予想外の状況に俺は面白くなって心の中で笑う。でもそんな夏も悪くないと思うのだ。




 

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