第21話 小暑
「暑いなー」
僕はかき氷片手に舌を出す。夜の七時を過ぎたというのに蒸し暑い。僕の舌を見て隣にいた友達が大笑いする。
「お前舌真っ青だぞ!」
「そういうお前こそ。ピンクだから」
かき氷のシロップのせいで色の変わった舌を見て笑いあう。
僕らは小学校の一角で行われている七夕まつりにやって来ている。周りには当然のことながら顔見知りの子供が多い。上級生は先生と一緒に露店を手伝っている。僕らも上級生になったらあっち側に回るのかと思うと気が滅入る。できることなら祭りを楽しむ側でいたいものだ。
「俺、唐揚げとフランクフルトも食べたいー」
「僕はまだいいや」
かき氷をお腹に入れたところで僕は一息つきたくなって少し離れたところに笹の葉飾りがあるのを見つける。あそこは今なら人が少ない。
「笹の葉んところで待ってるから!」
「おっけー」
そう言って友達と別れると僕は人混みから離れた。立派な笹の葉の前に一人立つ。笹には五色の短冊と、折り紙で作られた飾りが釣り下がっていた。この会場にいる子供達の殆どが願い事を書き終わっているのでこの辺りは人が少ない。
笹の葉の下には短冊とペンが置かれていて誰でも自由に願い事を書くことができる。
「そう言えば願い事、書いてなかった」
笹の葉飾りよりもかき氷。僕は肝心なことを忘れていた。
僕は適当に赤い短冊を手に取るとペンを片手に唸る。
『七夕というのは織姫と彦星の悲恋の物語として描かれがちですが、実際は技芸、お仕事に励むことの大切さを描いた物語です。ですから願い事は習い事や、お勉強といった自分が努力することで得られるものを書くのがいいでしょう』
先生がそんなことを話していたのを思い出して余計に悩む。うーんどうしよう。
机の上に何かが乗り上げてきて、僕は「うわっ」と軽く悲鳴を上げた。
乗り上げてきたものの正体はでっぷりとした猫だった。黒と茶色地の毛皮に黒っぽい縞模様が入った面白い柄の猫だ。深い緑色の瞳は笹の葉を思わせる。
「あ……短冊が」
見ると僕が描こうとしていた短冊に猫が足跡を付けてしまっていた。更にその猫は短冊の紐をかじって来たので僕は慌てて引き離す。
もの言いたげな笹の葉のような眼が僕を射抜く。
「何だよ……。これは餌じゃないからな」
僕は短冊に描かれた足跡をじっと眺める。
「そうか。分かったよ。こうすればいいんだろ」
僕はそのまま短冊を結んでやる。結びながら見上げた空に僕は釘付けになった。
「星だ……!」
笹越しに見る星空は言葉に言い表せないぐらい素晴らしかった。誰かに感動を伝えたくて思わず机の上の猫と目を合わせる。猫も僕と同じ方角を眺めていた。
ざわざわと、僕らの間に風が通り過ぎる。涼しい風に思わず目を細めた。
突然、猫が後ろ足を支えにして天に手を伸ばしたのだ。僕は何事かと猫が見ている方角を急いで見上げる。
「……流れ星だ」
それは本当に一瞬の出来事だった。星空の中で閃く何かが通り過ぎて行ったのだ。信じられないけど本当に。
流れ星にじゃれる猫。
不思議で面白い光景に僕は一人でくすくす笑った。
何故かこの光景を大人になっても忘れないだろうな、と強く思った。
「おーい!唐揚げ!」
友達がフランクフルトの串を口に咥えながら、唐揚げの入っているであろう紙コップを掲げているのが見える。
「僕も食べる―!」
背中に視線を感じながら僕は友達の方へ駆け出した。
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