第20話 夏至

 畳の部屋に二つの物体が転がっていた。

 1つは人間である私。もう1つはヒョウ柄の毛皮を纏った猫、ムギのものだった。私は大の字に転がり、ムギは右半身を畳にぺったりとつけて横になっている。今日は朝から気温が高く、夏の訪れを感じる。

 こう暑いと何かする気にもならず、何もせずに終わりそうだ。できることなら永遠にこの畳の上に転がっていたい。


「ムギは暑そうだなー。その毛皮、脱げないの?」


 私はムギの柔らかな毛並みをそっと撫でる。ムギは右頬を畳につけ、目を細めて手足を伸ばした。猫を飼って気が付いたのだが、猫は自分の形を自在に変えることができる。容器によって形を変える水のようだ。色んな箱の形に収まるし……。

 インターフォンの音で私達は急に現実に引き戻される。私は目を見開き、ムギに至っては立ち上がり、身を低くし戦闘態勢である。忙しなく辺りをキョロキョロと見渡していた。

 まるで私達が油断しているのを見計らっていたかのような……。私は立ち上がりながら何の罪もない来訪者を睨む。


「はーい!」

「お届け物です」


 私達の憩いの時間をぶち壊したのは配達員だった。私の足元でムギがそわそわと落ち着かない。ついでににゃおんと鳴き声を上げた。


「何だろうね。ムギ」


 私はムギが飛び出さないよう、内ドアを閉めると玄関へ走った。


「こちらにサイン、お願いします」

「はい。ありがとうございます」


 私は手書きでサインすると先ほどの睨みはどこへやら。笑顔を浮かべて配達員を見送った。送られてきた物を見て、私は感嘆の声を上げた。


「さくらんぼだ!」


 少しひんやりとしたその荷物はさくらんぼだった。実家の父母が送って来たものだ。佐藤錦さとうにしきというさくらんぼ界で頂点に立つような品種だったので私は自然と笑顔になった。

 ムギも慌てて荷物の方にやってくるとしきりに箱の匂いを嗅ぎ始める。


「はいはい。あんたはこっちね」


 ムギはさくらんぼではなく、箱の方に興味津々だ。いつもお中元が届くと喜んで箱の吟味をする。私は箱からサクランボを取り出すと空っぽになった箱を床に置いてやる。


「さ。私はさくらんぼでも食べようかな」


 淡い赤色でおおぶりなさくらんぼをザルで水洗いすると私は適当な小皿に盛り付けた。


「そっか。もうさくらんぼの季節で……1年の折り返しなんだ」


 私はさくらんぼを口に含み、を折る。そう思うとなんだか焦ってしまう。ごろごろとだらけている自分に鞭打たなければという気持ちになった。何かをやらなくちゃと思って何も思いつかない。

 ふと、床に目を落とすと私は思わず吹き出してしまった。危うくさくらんぼの種を部屋に吹き飛ばすところだった。

 小さなさくらんぼの箱に収まるムギの姿があったからだ。箱が少し変形しているので無理矢理入ったのだろう。猫の箱への執着は笑わざるを得ない。


「ま。いっか。今この時が大切だよね。こういう下らない時間が」


 私は笑いながらさくらんぼに手を伸ばす。ムギは目を細めて私の口元を眺めていた。

 さて。食べ終わったらまた畳でごろごろするか。

 


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