[23]解 -六花絹江-

 深夜。草木も眠る丑三つ時。

 郊外、雑木林の中。誰が管理してるかも分からない、小さなお墓の前にアタシ達はいた。


「ふわ~ぁ……いつまでこうしてんの、うさっち」


 墓石にもたれて座る美月に、アタシは欠伸しながら話しかける。

 下の名前が宇佐子うさこだからうさっち。最近付けたアダ名だ。


「ずっとよ。朝日が昇るまで……」


 呆然と虚空を見つめながら、美月は精神病みまくってそうな台詞を吐く。

 美月は満天の星空に照らされながら、赤の他人の墓を嘗め回すように撫でている。

 こわっ。普通にドン引きだよ。


「ふふふ……こうしていると、幽霊さんに連れてかれちゃいそうね」

「アタシそれより野獣とか変質者とか管理人とかの方が恐えーんだけど」

「……風情とかないの?」

「悪かったね」


 落ち葉をがさりと踏みしめると、なんか謎の羽虫がアタシのジャージを這っている。うわっ。慌てて服をバサバサして払うと、虫除けスプレーを辺りに撒く。美月が嫌そうな視線を向けてくるが知るか。アタシは虫が苦手なんだ。ていうか大抵の女子は虫が苦手なんだよ。お前がおかしいの。


「可哀想じゃない、私達の方が邪魔者なのに」

「うるせえこちとら人間様だぞ。C級映画バリに虫共が知能獲得してから言えよ、そういうことは」


 悪態を吐きながら、アタシ達は他人の墓の前でたむろし続ける。

 退院後、アタシは結局教室に戻れなかった。クラスに顔も出さないまま、アタシと美月は転校を決めた。今は隣町の小学校に通っているが、実際のところ、ほぼクラスには行かず、保健室に通う日々だ。

 転校に関してあの母親クソババアは猛反対したが、担任の援護射撃もあって何とか認めさせられた。代償にアタシと親の関係は完全決裂したけど。まあ、だからこうして夜出歩いても怒られないってわけ。

 で、転校先でも授業にロクすっぽ出ずにアタシらが何やってるかってっと、夜な夜な深夜徘徊・不法侵入・たまに器物破損だ。控え目に言ってゴミ。

 大体、美月が変な心霊スポットなり何なりを見つけてきては、アタシがそれに巻き込まれる形だ。今日も、何でもない墓の前でこうして何時間も潰している。何が楽しいのか全然分からない。

 アタシが睡魔に負けて倒れそうになるので、適当な話題を振る。美月は面倒そうに返す。それが深夜の日課だった。


「そーいや中学どうするよ。教室行く?」

「行けばいいじゃない。六花は学校生活得意でしょ」

「もう忘れたよ、話題のついていき方とか機嫌の取り方とか」

「ふふふっ、貶められたのね……」

「何で嬉しそうにしてんだ。お前も大概クソ女だよな」

「六花に言われたくない」

「うさっちにだって!」


 キッと睨む。美月の鋭い視線と目が合った。

 それが何だかおかしくて、アタシは思わず笑ってしまう。


「何よ」

「いや、別に……こんなことになるなって思ってなかったなーって」


 アタシは、あの六年一組でのことを思い返す。

 あの後クラスがどうなったのかは知らない。知りたくもない。

 結局、アタシ達は全てから目を背けることを選んだ。真実も、山根や巻き込まれた人々への贖罪も、“呪い”も全部。

 ただひとつ確かなのは、今アタシ達が、この空の下で生き永らえているということだけ。

 よくよく考えてみれば、アタシらはかなり沢山の人々に迷惑をかけた気がする。食中毒大作戦とか、給食センターが謝罪文出すハメになってたような気がするし。別に山根の件がなくても、アタシら結構許されない感じする。

 ま、いっか。バレなきゃ犯罪じゃないし。

 美月がどう考えてるかは知らないが、アタシにとってはもうその程度の認識だ。終わったことをぐちぐち考えてもしょうがない。前の学校の奴らとなんて、そうそう会う機会もねーしな。

 オトナにだってあるだろ、バレたら死ぬレベルの罪の一つや二つ。

 でもその罪が紛糾されることはない。だってバレていないから。セカイの誰にも知られていないことは、起こっていないに等しい。だからアタシの母親は裁かれないし、クラスのイジメは外部から非難されない。悪行を重ねたからって、天罰が下ることはない。

 だからアタシ達は生きていられる。人でなしのままで。

 セカイは人間のクズによって運営されており、そして、それで全く以って正常に働くからこそ、セカイは成り立つのだ。

 子供だって、そういう真実に気付かないわけじゃない。子供ほどセカイの真理に詳しい存在はない。ただそれを、オトナ達に伝えてやる義理がないだけで。


「すう……すう……」


 暇すぎて理論武装をしてたアタシの思考は、美月のいびきで中断される。

 おい嘘だろ、こいつ寝やがったぞ。どんな神経してんだ色んな意味で。置いてってやろうかこん畜生。


「おい起きろ! 何寝てんだうさっち! 蹴るぞ!? 起きるまで蹴るぞ!?」

「うぅ……むにゃ……」

「おいこのっ! っああ、もう……眠いなら出歩くなよ、たくっ!」


 何度揺すっても起きない美月に呆れ果てると、アタシは仕方なく美月をおんぶする。

 ぶらん垂れ下がる美月の両腕と、伸ばしっぱなしの黒髪が、アタシの肩やら顔やらに纏わり付いてうざったい。重たいランドセルめ。

 眠気と重量のダブルパンチに苛まれながら、アタシは腰に差した懐中電灯の光で雑木林を歩く。やべーなこれ、保つかわからん。朝になったら二人仲良く落ち葉の養分になってんじゃねえかな。


「クッソ、こんなバカな死に方があるか……!」


 闇の中、アタシは街の光を目指して歩き続ける。

 背中の美月は、すうすうと気持ち良さそうに眠っている。

 たく、これは本当に一回シメた方がいいな。アタシら対等な関係なの。分かってるか美月? マジで投げ捨ててやろうか。

 限界を超えた眠気も合わさり、怒りが爆発しそうになるアタシだったが、全身に伝わってくる温もりと、小さな鼓動と、アタシが勧めたシャンプーの香りとを感じると、アタシは辛うじて激情を静める。


――そーいう奴だもんな、うさっちは。


 「はぁーっ」と盛大に溜息を吐く。

 空の向こうは少しずつ赤みがかってきており、もう少しするとでかくて眩しい太陽が昇るだろう。最近の自分達の素行がアレすぎて、アレが山の天辺から覗くと、アタシら溶けちゃうんじゃないかって気になってくる。

 もうすっかり闇の住人だな。

 足取りは重たかったが、これも結局は、美月を標的ターゲットにしたアタシの刑罰みたいなものだ――そう自分に言い聞かせて、アタシは元来た道を戻っていく。

 けれど、何だか……今の美月との関係を、そういうセカイの理でしかないと処理してしまうのが、なぜだか、とても憚られるように思えてならない。


――六花アタシと美月って、何なんだろうな。


 その未理解ぎもんの解は、今のアタシには分からなかった。


[完]

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Fear かぴばら @Capibara_DX

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ