[22]理 -美月宇佐子-

 白の居城。白の権化。白の王様。

 けれど、しばらく過ごして分かったわ。

 病院って、案外黒いのね。


「大丈夫か」


 夕方の病院の出口で待ってたのは、いつもの男。スーツ姿。

 隣には六花。仲良く退院。仲良くなったつもりなんてないけれど。

 六花はこの男に興味津々だったけれど、貴方は何も知らなくていい。きっと貴方は軽率に踏み荒らす。そういう類の人種よ、貴方は。


「別に」


 私は車に乗る。

 六花も、六花の母親が迎えに来ていたけれど、六花も親もいい顔をしてなかった。成程ね、お見舞いに来た覚えもないし。

 私は少しだけ嬉しかった。六花だけ私を丸裸にしようとするなんて、酷いじゃない。私だって、六花の他人に知られたくない姿、見たいもの。ふふふっ。


「上機嫌だな」


 運転しながら、男が喋る。あら、顔に出ていたかしら。


「……別に」

「これから学校はどうする」

「行きたくないわよ」

「転校するか?」

「あいつ次第ね」

「ずいぶん気にかけるんだな」

「そんなんじゃない」


 問答を経て、会話は打ち切られる。

 信号での停止。発進。右折。左折。停止。また発進。

 何度目かの加速荷重を身体で感じながら、私は男に質問をする。


「ねえ」

「何だ」

「貴方がの?」

「何をだ」

「山根さん」


 車内に差し込む、横殴りの陽光。

 さしたる待ち時間もなく、男はすらりと答える。


「違う」

 

「……そう」

「あれは事故だ。宇佐子が気負う必要はない」

「有難う。優しいのね」

「そんなことを言われるのは初めてだな」

「ならもっと優しくして頂戴」

「そうか」


 車は込み入った路地へと入っていく。そろそろ自宅だ。巣。私の帰る所。


「貴方のおかげよ」


 ぽつりと呟く。


「……どうした?」

「いえ、礼」

「そうか」

「そればっかりね、面白くない」

「宇佐子が言えたものか」

「そうね」


 いびつな会話を交わしていると、車は駐車場に入る。

 エンジンが切れる。私は車から降りて、男の後ろを歩く。

 ああ、結局、帰ってきてしまったわね、この地獄に。でもいいのよ。

 ああ六花、この世は闇で溢れているわ。

 私にも、貴方にも、先生にも、この男にさえ理解できないものが、世界には存在してるの。

 私はずっと闇を信じてた。好きだった。だから闇に破滅を願い、闇を以って天罰を下した。

 けれど、私は愚かだった。闇の前では、私達は皆平等に無力だった。闇は山根さんを赤いシミに変え、そして私に残酷な事実を突きつけた。

 いざ齎された結果を前にして、具現化した“闇”を前にして、私はこわかった。どうしようもなく震えていた。子犬のようにプルプルみっともなく怯えて、六花と共に蹲るしかなかった。

 ふふふふっ、笑っちゃうでしょ。あんなに邪法の使い手みたいに振舞っておいて、私、ただの子供だった。ただの、間違いを犯した子供。分かってるでしょ、六花? 私達人殺しよ、人殺しなのよ? ふふふふっ。

 “闇”は私の中の、闇じゃない部分を炙り出した。あんな醜態、二度と晒さない。

 私は今度こそ“闇”になる。人を呪って呪われて、最期は無様に苦しみ抜いて死んでいき、墓の下で眠ることもできずに、悪霊となって延々と現世を彷徨うのよ。とっても素敵で、とってもお似合いの結末でしょう?

 もう逃がさないわよ六花。この“呪い”を巡る事件の中で、私の側にいたのは貴方。軽薄で自分勝手で闇も何もかも知らない貴方。本来なら、他のクラスメイトと共に呪われていた筈の貴方。

 そんな貴方が、私の内側に入り込んでしまっている。それが認められないの。許せないの。私と貴方は、加害者と被害者の関係でなければならない。狼と羊は仲良くなれない。そうでなければ、セカイの理が狂うのよ。

 だから六花は私のうさぎさん。泣いたって喚いたって許してあげない。壊して狂わせてグチャグチャにして、爪先からその茶髪まで、色一つない“闇”に染めてあげる。とってもとっても素敵にしてあげる。


――まあ、貴方はきっと綺麗に染まってはくれないでしょうけど。


 だから、私は貴方を滅茶苦茶にするつもりだから、貴方も精々、六花クズのままでいなさいな。それが私の赦しであり、償いよ。

 尤も、そんなこと言ったって貴方は怪訝そうにするだけね……それでいいわ。

 貴方となんて、よく分かってる。

 だからもう、貴方りっかはこわくも、なんともない。

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