最終話 新たな関係

「旭……さん……」


 うるっと一段と潤むその瞳があまりに清らかな光を放っていて。ふいに、チクリと――罪悪感というものだろうか――胸の奥に痛みを覚えて、視線を逸らしていた。


「いや、まあ、そりゃ……」と口元を歪め、もごもごと言う。「ご奉仕は嬉しかったし、またして欲しいと思うし……それ以上のこともしたくないと言ったら嘘になるけど……」


 手を繋いでいるだけで幸せだ――という言葉は本心だ。ただ、手を繋いで傍にいるだけで心が満たされる。柚葉ちゃんはそんなかけがえのない存在で、心から大切にしたいと思う。でも、だからこそ、もっと繋がりたいとも思ってしまう。

 矛盾している、と自分でも思う。純真無垢な柚葉ちゃんをこの手で護りたいと思いながら、その手で彼女を穢したいとも思う。庇護欲と支配欲という、どこか似ているようでかけ離れた二つの欲望が胸の中で渦巻くんだ。そのどちらも俺の本心であることに変わりなく――、まるで、自分の心が二つあるようで――、『下心』というものの存在を実感する。

 これはきっと、もうどうしようもないんだろう。俺が柚葉ちゃんを好きで、男である以上は……。

 それならば、せめて――と思うんだ。

 開き直りじゃ無い。これは覚悟だ。


「俺は、柚葉ちゃんと……二人で、ゆっくりやっていきたいと思うんだ」


 ぎゅっと力強く柚葉ちゃんの手を握り締め、俺は真剣な眼差しで柚葉ちゃんを見つめて言う。


「分からないことがあれば、俺に訊いて欲しい。どんなことでも答える。俺も経験豊富、てわけじゃないけど……柚葉ちゃんのことは誰よりも大事に想ってるから。だから――柚葉ちゃんには、俺がちゃんと教えたいんだ」


 『おにーちゃん』の洗脳まがいの調教ビデオでなく――と心の中で言い添えつつ、熱っぽく、説得するようにそう捲し立てると、柚葉ちゃんは呆気にとられたようにぽかんとしてから、


「そう……ですよね」と繋いだ手を愛おしそうに頰に当て、ため息交じりに瞼を閉じた。「旭さんに、まずは訊くべきだったな。私、全然分かってなかった。ごめんね、旭さん」

「いや、謝るようなことじゃ……」

「そっか。旭さんは、焦らしプレイのほうが好きだったんだ」

「うん……!?」


 え……なんて……? 焦らし……プレイ? いつ、そんな話になったっけ……?

 聞き違いだったかな、なんて必死に自分を納得させようとしていると、柚葉ちゃんはゆっくりと瞼を開き、クスリと微笑んだ。無邪気なようで、それでいて、何か含みを持たせたようなその笑みは、『妖艶』という言葉がよく似合う、なんとも扇情的な笑みで、ぐっと魂でも掴まれたような衝撃を覚えた。

 魅了――とでも言えばいいのか。茫然として、柚葉ちゃんに釘付けになっていると、


「また旭さんに教えてもらえるなんて……嬉しい」


 悦に入るようにうっとりと呟いて、柚葉ちゃんはするりと俺の手を離すと、俺に跨ってくる。

 Tシャツワンピの裾がめくり上がり、薄暗闇の中、露わになった真っ白な太腿が艶めかしく輝いて見えた。その柔らかな感触がぎゅっと俺の腰を挟んできて、アソコにはなんとも圧力が伸し掛かってきて……それだけで、ゾクゾクと身体の奥が疼き出す。


「優しく……教えてくださいね」と甘ったるい声で言い、柚葉ちゃんはまるでおねだりする子猫みたいに俺を上目遣いで見つめてきて、「旭さんの焦らしプレイ」

「俺の焦らしプレイとは……!?」

 

 やっぱり、言った!? 焦らしプレイってはっきり言った!?


「ちょっと待って、柚葉ちゃん!? 焦らしプレイって……なに!? なんで、そんな話に……!?」

「なんでって……」


 純真そうな瞳で俺をじっと見つめ、柚葉ちゃんはくんと小首を傾げる。


「さっき、旭さん、言ってたでしょ。二人でゆっくりヤッて、イきたいんだ、て」


 一瞬の間が空く。ぽかんとして、俺は柚葉ちゃんと見つめ合った。

 ――うん、確かに。言ったな。間違い無く、俺はそう言った。一字一句合っている……けども。なんだ、この妙な違和感は……? 何か……イントネーションが絶妙におかしいような……!?

 困惑している間にも、柚葉ちゃんは「えい」とばかりに俺を押し倒してきて、俺のアソコにぴたりと腰を押し付けたまま、馬乗りの姿勢になった。


「ねえ、旭さん」とするりと俺のTシャツの下に手を忍ばせながら、柚葉ちゃんは恍惚とした眼差しで俺を見下ろして言う。「どこをどう焦らされたいの?」

「え……いや……焦らされたい、ていうか……」

「ちゃんと上手に言えたら……」


 もったいぶるようなねっとりとした口調で言って、柚葉ちゃんは上体を倒し、俺の耳たぶにそっと柔な唇を当てながら続けた。


「――朝までいっぱい焦らしてあげる」


 はうあ……!? と未だかつて出したことないような、みっともない声が飛び出しそうになった。

 なに、これ? なんなの、この状況? なんなの、この感じ? こんなの……初めて……!?

 全身に電流でも走ったかのような痺れが走り、身体が金縛りにでもあったかのごとく硬直する。そして、じわじわと身体の芯が熱を帯びていくのが分かった。

 焦らしプレイなんて……全くもって興味無かったのに。今まで、見たことも検索したこともなかったのに。それなのに、胸が高鳴ってどうしようもない――。

 脳裏に、荘厳なメロディーが響き渡るのが聞こえた気がした。それはまるで、新たな性癖への扉ヘブンズドアが開く音かのようで……。

 俺はごくりと生唾を飲み込み、


「お……お願いします」


 何かに誘われるかの如く、無意識に柚葉ちゃんにそう告げていた。


※ここまでお読みいただき、ありがとうございました。更新中も応援のお言葉やレビューをいただき、大変励まされました。この場を借りて御礼申し上げます!

 初めてのR15ラブコメということで、さじ加減を試行錯誤しながら書いて参りましたが、どうでしたでしょうか……。やりすぎたのか、もの足りなかったのか、ちょうど良かったのか。とりあえず、運営の方からのご注意は無かったので、セーフと考えて良いのかな、と。

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 重ねて、ここまでお読みいただき、ありがとうございました。もしかしたら、番外編というかおまけというか……何か書くかもしれませんが、そのときはまたお読み頂ければ嬉しく思います。

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