第五話 繋がり

 つまり、柚葉ちゃんは浮気なんてしてなかった、てことだよな。ただ、『おにーちゃん』のを見ながらせっせと自習に勤しんでいただけで……。俺をあっという間に快楽の頂きへと昇らせたあの超絶技巧は、一ヶ月にも渡るビデオ学習の賜物であって……。

 な〜んだ、よかった――て、ならねぇんだけど!?

 なに、これ? 全然、ホッとしないんだけど? 全くもってスッキリしないんだけど?

 だって……結局、柚葉ちゃんは『おにーちゃん』に教え込まれたわけで。俺以外の男に手練れにされたわけで。もはや、脳内浮気というか、VNTRヴァーチャルネトラレというか……。俺のモノを咥えているときも、柚葉ちゃんは『おにーちゃん』の言葉責めを思い返していたのかと思うと……腹の底でフツフツと沸き立つものを感じる。  

 嫉妬してるんだ。『おにーちゃん』に。やっぱ、そういうことは、全部……俺が教えたかった――なんて思ってしまう。

 いや、もちろん、『おにーちゃん』は何も悪くないし、無論、柚葉ちゃんも何も悪くないのは分かっている。誰が悪いかと言えば、まだ十七歳だったカノジョが来るというのに、18禁動画をパソコンに開きっぱなしにしていた俺であり、もっと言えば、愛しの柚葉ちゃんが来る前に(停止したまま放置していたことから察するに、おそらく直前まで)『義妹』のご奉仕に思いを馳せて独りで励んでいた俺だ。

 それなのに……どうしようもない憤りを覚える。悔しくてたまらない。子供みたいに駄々をこねたくなる。なんて独占欲だ――と自分でも引くくらいに。柚葉ちゃんの身体だけじゃなくて、頭の中も……俺で満たしたい、なんて思ってしまう。それほどまでに、俺は柚葉ちゃんが好きなんだ――。


「さっき、お風呂で……」ふいに声を落とし、柚葉ちゃんは呟くように切り出した。「旭さん、すごく気持ち良さそうで……お口の中で旭さんが喜んでくれてるのを感じて……嬉しかったの」


 え――と、つい、ギクリとしてしまう。自然と目が柚葉ちゃんのに向かっていた。

 花びらのような、愛らしい桃色の唇。ふっくらとして瑞々しくて、ふに、と指で触れたくなる。その唇が、ほんの数時間前、俺のアソコを包み込んでいたのかと思うと……やはり、どうしようもなく、くすぐられるものがある。何とも言えない優越感がジワリと心の奥底から滲み出てきて、今まで自分でも知らなかった部分に――己の嗜虐的な一面に気づかされる。

 背筋にゾクリと痺れるような刺激を覚えつつ、じっと見つめる先で、柚葉ちゃんの唇がふっと開いて、「でも……」とか細い声が漏れた。同時にポロリと落ちてくるものがあって――、


「私じゃ……ダメなんだ」


 突然、柚葉ちゃんはそんな泣き言みたいなことを零して、グスン、と泣き出した。

 あまりに唐突で。思いっきり、ボディブロー食らったみたいな衝撃を覚えた。

 え……なんで? なぜ、柚葉ちゃんは泣いてるんだ? 俺が泣かせたのか!?


「なに? 何がダメ? どうしたの!?」


 あたふたと見事に慌てふためく俺に目もくれず――というか、そんな余裕もない様子で、柚葉ちゃんは止め処なく零れ落ちてくる涙を何度も拭いながら、


「どんなにご奉仕しても……私じゃ物足りない、よね。義妹じゃないと……やっぱり、旭さん、満足できないよね」

「へ……!?」

 

 何? 何だって? 柚葉ちゃんは、いったい、何を言っているんだ!?

 柚葉ちゃんじゃ、物足りない? 義妹じゃないと満足できない? 何、それ? 何理論? 何を根拠にそんなことを……!?

 焦りにも似た熱いものがぐわっとこみ上げてきて、「そんなわけないだろ!?」と身を乗り出して声を張り上げていた。


「急に何を言い出すんだ!? なんで、そんなこと――」

「だって、旭さん、もう元気ないもん!」

「ええ!? 俺は元気……」


 言いかけ、ハッとする。

 泣きべそかく子供みたいにむっとして、柚葉ちゃんが恨めしそうに見つめていたのは、俺の股間だった。何の変哲も無い股間。至って平穏そのもの。さっきまで盛り上がっていたそれは、すっかり鎮まり返り、今や鳴りを潜めている。

 

「あ……」と間の抜けた声が漏れていた。


 そういうことか――と納得してしまった。

 そうだった。ついさっき、俺は萎えたのだ。柚葉ちゃんに「ご奉仕しましょうか?」と言われて、萎えてしまった。柚葉ちゃんの目の前で、その手の中で、あからさまにやる気を失くしてしまったのだ。

 柚葉ちゃんの口から出てきた『ご奉仕』という言葉に、確信を得てしまったから。柚葉ちゃんから別の男の影を感じたから。――柚葉ちゃんが浮気をしていると、してしまったから。

 単なる俺の早とちり……だったわけだが、そんなの柚葉ちゃんが知る由もない。柚葉ちゃんからしてみれば、『ご奉仕』を申し出た途端、、俺にやる気を失くされたわけで……。

 そりゃあ、不安にもさせるよな。そもそも――柚葉ちゃんは柚葉ちゃんでとんでもない誤解をしているようだし。


「柚葉ちゃん……」


 俯き、ポロポロと力無く涙を零す柚葉ちゃんを真っ直ぐに見つめ、俺は改まって言う。


「俺は義妹に興味はない」


 その瞬間、柚葉ちゃんはハッとして顔を上げた。


「へ……」ときょとんと目を瞬かせ、不思議そうに小首を傾げる。「でも、あの動画は……」


 そう。元凶は……あのビデオだ。俺があんなビデオを見ていたから、柚葉ちゃんをさせ、要らぬ気苦労をかけてしまった――。


「あのビデオは……」すうっと息を吸い込み、俺は落ち着いた声ではっきりと言う。「『清純だった義妹が、突然、ノーパン淫乱ご奉仕』は、年下禁断ものを漁り尽くした挙句に辿り着いた動画だ」

「と……年下禁断……!?」


 ぎょっとしてから、柚葉ちゃんは何かを察したようにかあっと顔を赤らめた。


「え、え……それって……もしかして……」


 表情をふにゃりとさせながら、あわあわと視線を泳がせる柚葉ちゃん。そんな彼女に、「俺はな、柚葉ちゃん」ともうひと押しとばかりに語調を強めて続ける。


「柚葉ちゃんと会って、変わったんだ。パッとしない日々をだらだら過ごすだけだったのに……それで満足していたのに……柚葉ちゃんと出会って、柚葉ちゃんと会うのが待ち遠しくて、柚葉ちゃんと過ごす時間が一分一秒惜しくなった。

 ビデオだって、そうだ。それまで学級委員長ものばかり見てたのに、それじゃ満足できなくなって……年下禁断ものばかり見るようになってた」

「が……がっきゅういいんちょう……?」

「そう」と恥も外聞も、その他諸々、おそろく大切なものも全てかなぐり捨てて、俺は頷き、「柚葉ちゃんに出会って、俺の世界は変わった。俺の性癖の中心は、柚葉ちゃんになったんだ」


 涙の残る瞳を見開き、ぽかんとする柚葉ちゃん。何言ってるの? と困惑している様子だが……無垢でいじらしく――一気に幼くなるその表情もまた、たまらなく愛おしくて唆られる。しっかりものの学級委員長が『もお……ほんと仕方ないな』なんて言いながら、脱ぎだす姿に悦んでいた頃には考えられないことで……。


「義妹とか、淫乱とか、学級委員長とか、そんなのはどうでもいいことで……俺は柚葉ちゃんが柚葉ちゃんだから好きなんだ」


 諭すようにそう囁いて、俺は柚葉ちゃんの手を取り、その手をぎゅっと握り締めた。まだ付き合う前、こっそりとお互いの気持ちを確かめ合うように、そうしていたように――。


「俺は……こうして柚葉ちゃんと繋がっていられるだけでも、充分幸せなんだ。だから、焦らないでいいんだ。柚葉ちゃんは柚葉ちゃんでいて欲しい」

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