meth -メス-

 昼も夜も曖昧になった時間が数え切れないほど過ぎていきガラスに囲われた部屋の中、透き通るような金髪を梳かしながらユニスはじっと佇んでいた。そうして、しばらくするとマザーの声が上から降ってくるのだった。

管理者マスターユニス。個体名、ノア-s306の生体反応に基づく定期信号が途絶えてから6時間が経過。規定によりノア-s306の死亡を確認しました。なお、位置情報による座標ポイントは継続して移動中。このことから、ノア-s306は作戦実行中に何らかの敵性生物と遭遇、捕食されたと推定します。今回もプロジェクト[宿り木]は成功です』

「──そう、報告ご苦労さま。今回のノアはどこまで運ばれてくれるかしらね」

 ユニスはふう、と面白くなさそうにため息を吐く。数時間後には彼を喰らった生物は体内から酸素という毒に侵され死んでいくのだろう。そして、地に伏した死体からは繁殖力の強い植物がみるみるうちに芽吹いて周囲一帯の環境を作り変えるのだ。

 全てはノアを外へ連れ出すための嘘、そして演技であった。


 ノアの体内には大気中に多量に含まれる有害物質を分解し、猛烈な勢いで酸素を生成するバクテリアと、光合成により異常な速度で成長する樹木の種の数々が爆弾のように撒き散らされるよう仕込まれていた。言うなれば根本から生態系を破壊するバイオ兵器だった。真に異能と呼ぶべき能力は意志を持って動くノアの本体そのものである。

 emeth真実を刻まれたゴーレムが、eを消されると土に還っていくように、ノアも地球earthに飲み込まれ、ユニスeuniceにそそのかされて、何度も生まれてはmethを繰り返している。ノアだけが知らない真実──そんな途方も無い年月が過ぎていく日々だった。

 かつての人間が環境破壊をして生まれた別種の環境を、さらにまた破壊して人間に適した元の環境に戻そうとするために作られた業の深いバイオロイドである。そして、ユニスもまた人間ではなく、かつての人間が娯楽で生み出した汎用少女型の量産セクサロイドであった。安価で異性を誘惑できるため、幼い性欲を愛というオブラートで包み込んで無知なバイオロイドを従わせるにはうってつけだったというわけである。事実として、このシェルターにはすでに人間が存在していない。


管理者マスターユニス。緑化は着実に進行中です。ところで人間はいつ帰還しますか?』

「さあ……今のところ百年くらいは連絡はないわね。もしかしたら春を待っているのは地球だけじゃなくて、人間たちのほうなのかも。あるいはもう、冬を越せずに死に絶えていたりして。──どちらにしても、人間から与えられたプログラムを私たちは実行していくだけよ。それとも、この無意味な日々を中止してエネルギーの浪費を抑えるために私たちもスリープモードに移行する?」

『……いえ、今まで通り次のノア-s307を覚醒させ、プロジェクト[宿り木]を遂行していきましょう』

「良い子ね、まだ私もあなたも死を体験するのには早いと思うしね」



〈了〉



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春の歌 不可逆性FIG @FigmentR

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