第48話 必ず聴診器を当てる訳

 僕は、外来診察では原則として、咽頭の診察、頸部リンパ節の触診と胸部聴診はよほどの理由がなければ行うようにしている(ただし、学校の実習を受けるために麻疹・風疹・水痘・おたふくの抗体価を測定してほしい、という方などはさすがに聴診しない)。例えば、コレステロールが高い方に聴診をして、何がわかるのか、と問われると非常に答えに窮するのだが、身体診察を必ずするのはいくつか理由がある。


 まず一つは、診察の「型」ということである。茶道など、「~道」と呼ばれるものには多く、「型」というものがあり、その型通りに手順を踏む、ということになっている。診察も、自分なりの「型」があって、その型通りに動かないとなんとなく落ち着かないし、頭も働かない、と感じる。型通りにお話を聞いて、身体診察をして、そうすると何となく次のプランが浮かんでくるように感じている。


 次に、長く経過を見ている方で、時に不整脈や心雑音、ラ音など変化が見つかることがある。高齢の方で多いのは心房細動が見つかることである。心房細動があると、CHADS2 scoreで脳塞栓症のriskを評価してDOACを開始することが多い。時には背部の聴診でLate inspiratory crackleを聴取し、特発性肺線維症を診断したこともあった。そういう点でも聴診は大事である。


 もう一つ、これはトラウマになっているが小児科研修中の出来事であった。研修でお世話になった2月、3月はインフルエンザの時期であり、インフルエンザが治癒して、治癒証明書を希望して受診する人も多かった。あるスタッフDr.の外来に、治癒証明書希望の親子が受診された。発症日、解熱日を確認して、その後発熱がないことを確認。

 「では証明書を書いておきますね」

 と先生が患者さんに伝え診察は終了。よくある診察風景であった。そしてしばらくすると、先ほどの患者さんが血相を変えて怒鳴り込んできた。

 「こら、お前!診察してないのに、なんで診察料を取るねん!おかしいやろ!!」

 とのこと。先生は

 「いや、ちゃんと話を聞いて、診断書を書いたじゃないですか」

 と答えたが、患者さんは

 「は~っ?!診察っていうたら、ちゃんと聴診器で聴診したりすることちゃうんか!!」

 とさんざん怒鳴り散らして去っていった。先生にとっては大災難。しかし、患者さんが言わんとすることもわからないではない。とにかく、こんな経験をしたので、今でも私の外来で治癒証明希望の方については、必ずお話と同時に、咽頭の診察、胸部聴診を行なって

 「よくなって良かったですね」

 と声をかけて診断書を書くことにしている。怒鳴り散らした患者さんの気持ちはわからなくはないが、こちらとしては理不尽に怒鳴られると非常に心折れるので、なるだけこのようなトラブルを避けたい、と思っているのである。


 余談ではあるが、他のDr.を主治医とされている方で、何らかの理由で私の外来を受診された時に、結構はっきりした心雑音、あるいは背部のラ音に気づくことが多い。先日も健康診断で受診された方、糖尿病の治療を近くの循環器クリニックで受けている、とおっしゃっていたが、胸部を聴診すると右胸の上の方に(医学的に書くと、第二肋間胸骨右縁に)結構はっきりした心雑音(正確に書くと収縮期駆出性雑音)を聴取。首の方にも雑音が放散していた。大動脈弁狭窄症が疑われたのだが、患者さんにお話を聞いても、

 「特に心臓のことで何か言われたことはないです」

 とのことだった。どうして「循環器クリニック」でこの雑音を放置しているのだろうか?


 市の健診で、無料で健診を受けられている方なので、紹介状を作成すると、初診料と紹介状のコストがかかることになり、結構お金がかかることになる。なのでその方には、

 「『右胸の上の方に心臓の雑音があって、首の方にも雑音が広がっている、と健診を受けたときに言われました』と主治医の先生に伝えて、しっかり診てもらってくださいね」

 と伝えて、健診を終了とした。きっちり心エコーをして、手術適応があるかどうか評価してもらえることを願っている。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る