第47話 AMR(anti-microbiotics resisntance)について
現在WHO(世界保健機構)が発表している、「今後、世界的な脅威となる問題」の一つに”AMR(anti-microbiotics resistance)”がある。どんな抗生剤も聞かない、高度耐性菌の問題である。”AMR”への対処法はすでに明らかになっていて、それは「抗生剤の乱用を防ぎ、適切に抗生剤を使用する」ということである。対処法は明確であるが、現実問題としてそのように国全体、世界全体で動いているか、と言われれば、決してそうではない。日常外来でも、抗生剤が不要と思われる病態の患者さんが「抗生剤は出してくれないのですか!?」と私たちに詰め寄ってくることは全く珍しいことではない。
樫沢総合病院小児科必携のハンドブック「東本のすすめ」は極めて実用的であり、市販されている小児科マニュアルよりも役立つと思っている。際立って立派だと思うのは、作成された時点(というよりも、東本先生の若いころからの経験に基づいて)で、抗生剤の使用を強く制限していると同時に、使用する際には中途半端でなく、適切に十分量を十分な期間使用することを指示していることである。具体的には、明確な細菌感染(例えば溶連菌性扁桃炎など)を示唆しない小児の発熱では、その90%がウイルス感染症であり、発症4日目までは十分な観察の下で抗生剤を使用せず経過を観察し、4日以上発熱が続く場合には血液検査を行ない、白血球数、CRPなどを評価。細菌感染症が疑われる場合には、適切な培養を提出し、抗生剤の投与を行なうこと、血液検査で炎症反応の上昇が軽度の場合は、さらに数日間抗生剤を使用せず注意深く経過を観察すること、と規定されていた。このルールは樫沢総合病院では厳格に守られており、安易な抗生剤の投与は行われていなかった。時に患児の親から、抗生剤処方の希望があったが、耐性菌発生のリスク、副作用のリスクと、現時点で細菌感染症の可能性は低いので、抗生剤の使用は不適切であると説明し、不要な抗生剤使用をできる限り減らしていた。時に血気盛んであまり私たちの話を理解してくれない方が大声を出すことがあったが、もめ事になる場合には、仕方なく(本当に仕方なく)narrow spectrumの抗生剤を処方せざるを得ないこともあった。東本先生はAMRが問題とされる前から抗生剤の適正使用について指導されており、東本先生の見識の高さが感じられた。
その後、内科後期研修を終え、地域のクリニックで勤務するようになってからも、原則として「東本のすすめ」に沿って小児科診療を行なっていた。抗生剤に対する処方希望の圧力は病院よりも強く、AMRの話をしても理解してもらえず、怒鳴られたりすることもしばしばだった。根性の無い私は東本先生ほど心強くなく、抗生剤の閾値が低くなっていることを自覚しながら抗生剤を処方したりしていた。それについては今も心苦しく思っている。
ちなみにではあるが、10年間のクリニック勤務でたくさんの子供さんを診察してきたが、「東本のすすめ」に従って診療した子供さんは、全く治療上のトラブルは起きなかった。むしろ「東本のすすめ」から逸脱してしまった時に、苦労することが多かったと記憶している。書籍化されていない、樫沢総合病院小児科内部のマニュアルではあるが、本当に東本先生の長年の経験が凝縮されていると感じている。
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