第42話 へき地研修も終わりに近づき(へき地研修10)

 たくさんの経験をさせてもらった金谷病院での2ヶ月間も終わりに近づき、担当の患者さんも少し減らしてもらうようになった。とはいえ、前述の高血糖性重症糖尿病患者さんの入院が相次いだりして忙しさは変わらなかった。九田記念病院に戻るために教科書や、宿舎に置いてある服を片づけ、宅急便で送れるものは自宅に送り返した。


 年末なので忘年会もあり、病院全体の忘年会、各病棟の忘年会に出席すると同時に、有志のメンバーで私の送別会も行なってくれた。余談であるが、医療の世界では、飲み会などをするときに、医師価格とその他の方価格が異なることが多い。もちろん医師の方がたくさんお金を取られるのである。もう今は長年仕事をして、お小遣いの貯金もそれなりにあるので、お金を多めに出すのはそれほど堪えないのだが、研修医になりたての頃は貧乏だったので本当につらかった。どう考えても、研修医よりも看護師さんの方が給料がいいのはずに、なんでやねん、と思っていたのが正直なところであった。

 「せめて、スタッフ医師価格と研修医価格に分けてよ(泣)」

 と思っていた。とはいえ、いつも病棟のスタッフにはお世話になっており、スタッフと親睦を深めるのは大切なので、誘われた時にはなるだけ参加するようにしていた。


 そんなわけで、各病棟(金谷病院の急性期内科病棟は2階東と5階西病棟)の忘年会にも参加させてもらった。プライベートの様子を見せてもらうと驚くことも多かった。少し鋭い雰囲気は持っているが、患者さんには優しいcool beautyな看護師さんが、バリバリシャコタンのいわゆるヤン車で現れたり(もちろん彼女はお酒は飲まなかった)して、ぎょっとしたことも覚えている。


 私の送別会では、病棟ですごくお世話になり、心から頼りにしていた看護師さんから、

 「保谷先生は患者さん思いでとても優しく、頭もいい人で、私の理想の人でした」

と告白された。

 「お子さんが生まれたばかりだと聞いたので、ずっと黙っておこうと思っていたけど、これで最後だから言っちゃおう」と思ったと。

 僕自身も、彼女をすごく頼りにしていて、彼女が夜勤だったり、お休みだったりするとさみしくて、残念に感じていたので、すごくうれしかった。お互いに気持ちを持っていても、諸般の事情で、というのは大人の世界だなぁ、と心の中で思った。彼女には自分の気持ちは内緒にして、

 「過大なお褒めの言葉、うれしいです。ありがとうございます」

 とだけ伝えた。もう名前も忘れてしまったが、彼女は元気にしているのだろうか、時に思い出すことがある。


 金谷病院は12/30まで通常の診療を行い、12/31~1/3が正月休暇となる。なので、私も12/30までは通常の業務と引継ぎの準備を行ない、部長からは、12/31は移動日にしていいよ、と言ってもらえたので、12/31に帰ることにした。普段の船旅は2等個室(二段ベッドの1つを占有できる)を使っていたが、今回は、自分にご褒美、ということで1等船室(個室)を予約した。残念ながら雨の日だったが、合羽を着て港までバイクを走らせる。途中で昼食のため、これも自分へのご褒美でジョイフルでちょっと高めの昼食を食べ、港へ。


 フェリーターミナルで乗船手続きをして、出港まで1時間ほど、ベンチでぼやーっと過ごし、時間が来たのでバイクで船内へ。バイクを固定してもらい、1等個室へ。そこは本当の個室で、テレビも居室にあり、2等個室とは全くレベルが違った(とはいえ、ビジネスホテルレベルではあるのだが)。出港して、しばらくは窓の外を眺め、この2ヶ月間の思い出に浸る。大学時代の友人の実家がこの半島にあり、彼の実家のクリニックの紹介状をもって受診された方を診察したこともあったなぁ、失敗したり、うまくいったり、大変だったけど頑張ったよなぁ、と感慨にふけっていた。船内での食事は高い割にはおいしくないので、出港前に買っておいたコンビニのお弁当を食べ、20時ころにはなんとなく眠くなってきた。ちょっと横になろうか、と思いベッドに横になるとすぐに意識消失。気が付くともうすぐ着岸だった。せっかく1等個室を取ったのに、部屋のテレビを見ることもなく、ただ食事をして眠っただけだった。とはいえ、荷物の心配もなく眠れたのは、1等個室ならではだった。

 入港し、バイクを飛ばして元日の朝に自宅に帰り着いた。新年から、また家族3人の生活が始まった。


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