第40話 2年次2回目の大失敗(へき地研修8)
その日は武村部長が当直明けだった。夜間の内科新入院の振り分けで、アセトアミノフェンでアナフィラキシーを起こした、特に既往の無い17歳の患者さんを担当するように指示された。症状が落ち着いて、念のための1泊入院なので、朝様子を見て、問題なければ退院させてください、との申し送りだった。重症そうでもないので、朝の申し送り後、朝食を食べてから患者さんの様子を見に行った。
「○○さん、おはようございます」
と声をかけても応答がない。眠っているのかなぁ、と思ってもう一度、肩を叩いて、
「○○さん、おはようございます」
と声をかけるがやはり返事もせず、目も開けない。よく見ると手足が硬直している感じがする。目を開けてみると眼球が上転、縮瞳している。強直性のけいれん発作だ。
「あれっ?この人てんかん発作を起こしている?!」
と気づき、すぐにナースコール。看護師さんに
「けいれん発作だと思うから、すぐ採血、点滴路の確保と、アンビューバッグ、ホリゾン(ジアゼパム、けいれん重積発作を止めるのによく使う薬)を用意して!」
と指示を出し、すぐに点滴路確保。ホリゾン0.5Aを静注し、1分ほど様子を見たが、筋肉が弛緩する様子もなく、眼球も上転し、縮瞳している。再度ホリゾン 0.5Aを静注するが、やはりけいれん発作は止まらない。発見した時点ですでにけいれん発作を起こしているので、発症からどれくらいたっているのかわからない。早くけいれん発作を止めるために、全身麻酔が必要と判断した。
「挿管の用意と人工呼吸器、あとプロポフォールを持ってきて!ICUに連絡して、空いてたら、挿管できたらICUに行こう」
と指示して、挿管の用意、人工呼吸器、プロポフォールが準備された。鎮静しない状態で挿管しようと思ったが、歯を食いしばっており、開口もできない。九田病院のERボス 石井先生の得意技は何も使わずに経鼻挿管をすることだが、私にそんな技はない。開口ができないから、経鼻挿管でマギール鉗子を使うこともできない。数回アンビューで酸素のサポートを行ない、プロポフォールを静注。患者さんの強直が取れ、他動で開口もできるようになった。バッグバルブマスク換気で酸素投与を行ない、喉頭鏡で開口、声門部を確認し、気管内挿管。挿管後の聴診では両側の肺胞呼吸音もよく聞こえ、人工呼吸器で呼吸を開始。プロポフォールで麻酔を維持、胸部レントゲンでも適切な位置に挿管されていることを確認した。残念ながらICU満床で、一般病棟で管理し、別ルートからアレビアチンの点滴を行なった。
翌日はプロポフォールを減量、麻酔深度を浅くし、半覚醒状態としたが、従命動作可能で明らかなマヒも認めないことを確認した。人工呼吸器もCPAP+PS、FiO2 28%で管理したが、酸素化も良く、呼吸も安定していた。3日目にはプロポフォールを中止し、挿管チューブも抜管したが、特に問題なく、意思疎通もしっかりできていた。ご本人に聞いたが、今までてんかんと言われたことはなかった、とのことだった。しかし症状からはてんかん発作が最も考えられた。頭部CTではてんかんの焦点となるような変化は認めなかった。アレビアチンは内服に変更し、数日様子を見て、問題なければ退院、とすることにした。その後2日間は特に問題なく経過し、
「じゃぁ、明日の朝、問題なければ退院しましょう」
と決定した。
その翌日、朝食後に回診に行き、
「○○さん、おはようございます」
と声をかけたが反応なし。手足は強直しており、前回と同様に強直性のてんかん発作が起きていた。ナースコールを押し、
「○○さんがてんかん発作を起こしているから、ルートとホリゾン用意して!」
とお願いし、前回と同様に点滴路を確保、ホリゾンでてんかん発作が止まるか確認したが、やはり止まらず。前回と同様にプロポフォールで麻酔をかけることにした。前回と同様、歯を食いしばっており、やはり開口できず、前回と同様にプロポフォールを静注し、その後で挿管とした。開口して、喉頭展開し声門を確認、確認して挿管したのだが、呼吸音はあまり聞こえず、胃からボコボコと音が聞こえた。食道挿管になってしまったのである。食後で胃の内容物がたくさんある状態での食道挿管。最悪の状態である。振り返ってみると、自院の麻酔科部長 滝先生からは、
「食道挿管したら、チューブはそのままにして、新たに挿管し、気道をきっちり確保してから食道のチューブを抜け」
と教えていただいたように記憶している。最近、別のベテラン麻酔科医に、どう対応すればよいか伺ったが、
「抜かずに挿管は難しいと思うから、吸引器につながっているゴム管そのものを咽頭において、抜管し、気管に入ったものは後で気管支鏡でBALを行ない、しっかり洗うのがいいんじゃないか」
と伺った。ネットを見ても、様々な意見があり、正しい回答ははっきりしないのだが、少なくとも自分は気が動転して、すぐに挿管チューブを抜去してしまった。そうすると当然、胃の内容物が逆流することになり、抜管した途端、口から胃内容物があふれてきた。
「あ~っ!やってしまった!!」
と非常に後悔した。すぐに口の中を吸引し、再度気管内挿管を行ない、今度は適切に挿管。気管内も可能な限り吸引したのだが、それから4時間ほど経つと、40度近い熱が出始めた。
”Mendelson症候群”と名前がついているのだが、胃内容物の誤嚥による化学性の誤嚥性肺炎のことである。まさしくMendelson症候群を作ってしまったのだった。結局発熱は3週間ほど続き、私の次に来る同期の窪ちゃんに引き継ぐことになった。研修から帰ってきた窪ちゃんに、
「あの少年、どうなった?」
と聞くと、
「あぁ、その後は元気になって退院したよ。もうてんかん慣れしてしまって、外来でfollowしてたけど、『この前もてんかん発作が起きました~』と元気に報告してくれるようになったで」
とのこと。元気になられて本当に良かったと思った。
この失敗も、一生忘れることのできない失敗となった。
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