第37話 訪問診療(へき地研修5)

 金谷病院内科の仕事の一つとして、訪問診療があった。本来訪問診療は、患者さん、ご家族と担当医師との二人三脚である程度時間をかけて関係性を作っていくものだと思っている。だから私たちのような短期間のローテーターが担当するのは本当はよろしくないと思うのだが、まぁそれも含めてグループの方針ということにしておくことにする。


 まぁ、いわば間に合わせの訪問診療医なので、あまり深く医療以外の問題に踏み込むことは難しかったのだが、とあるご家族のことは覚えている。

 患者さんは80代の男性、前立腺がんをお持ちで、徐々に体力が落ちてきている状態。もうそろそろ終末期のことを真剣に考えて、対応を始めるのがいい時期だなぁ、という状態になりつつあった。ご本人は認知機能も低下しており、なかなかご本人でいろいろな判断も難しくなっている状態だった。Key personは同居している息子さん。息子さんに、

 「あまり残された時間は多くないので、会わせたい人がいれば、今のうちに会ってもらうように」

 ということと、

 「最期の時は病院に入院して看取りたいのか、このままお家で看取りたいのか、ご意見ください」

 とお伝えした。


 息子さんは、どこで最期を迎えるべきなのか、ご自身では決めきれなくて、何度も電話がかかってきた。当初は、入院で最期を迎える利点と欠点、ご自宅で最期を迎える利点と欠点をお話しし、

 「ご本人が入院を希望しなければ、お家で最期まで過ごされる方がいいですよ」

 と伝えていたが、堂々巡りを繰り返し、

 「じゃぁ、悪くなったら入院して、最期まで見ていきましょう」

 と伝えると、

 「いやぁ、でも、親父は家にいたいと言っているし…」

 と言い、

 「じゃぁ、訪問看護や訪問介護を増やして、お家で最期まで過ごしてもらいましょう」

 というと、

 「でも何かあったら心配だし…」

 と話がまとまらない。おそらく、息子さんは、お父さんがそれほど遠くない時期に亡くなってしまう、という事実に実感がないのだろう。確かに自分の近しい人が、ほどなく旅立っていく、ということを受け入れるのは難しいよなぁ、と思った。そんなわけで、

 「悪くなったときは、その時の状況で出たとこ任せ」

 と割り切り、訪問診療を継続した。良かったのか悪かったのか、私の赴任期間には患者さんは徐々に衰弱は進んだもののそれほど悪くもならず、私の次に赴任する同期に引き継ぎ、となった。


 金谷病院は、この半島のほぼ全域を守備範囲としているので、訪問診療もかなり遠方まで出かけていた。病院を出発してから最初のお宅まで車で40分、で、その町の患者さんを数軒回って、次の町まで、また移動30分、とこの半島の広さを改めて感じる訪問診療だった。


 ある種牧歌的な訪問診療ではあったが、私のような「何でも内科」に要求される「主治医機能」というものを初めて意識したものでもあった。

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