第35話 救急車の質の違い(へき地研修3)
以前にも書いたことがあるが、修行中の九田記念病院は、日本で最も無駄な救急車利用の多い地域にあり、そのことでERにTV局が取材に来るほどであった。確かに1日に20~30台の救急搬送があるが、そのうちの半分は歩いて帰宅可能な症例であった。交通事故なので救急搬送、というのはしょうがないと思うのだが、
「足が痛くて動けない」
との主訴で救急車を呼んでいるはずなのに、到着した救急車から一人でスタスタ歩いてERに入ってこられる患者さんなど、救急車の必要ない方もそれなりにおられ、救急車で来る、といっても外来患者さんと同様、身構える必要はあまりなかったのだが、金谷病院では、そのような軽症の方が救急車で来られることは全くと言っていいほど無く、基本的には救急車で来られる方は全例入院、と考えてよい病院であった。地域で最も大きな病院なので、病院の守備地域は病院のある半島全域といってよく、
「今救急車が出発したので、到着は40分後」
なんてことは普通だった。高齢者の多い地域だからなのかどうかよくわからないが、すぐに診断がつくような(例えば「胸が痛くて来院」→心筋梗塞と診断)症例だけではなく、何が何だかわからない主訴で搬送される患者さんもおられた。
「軒先で倒れていた」との主訴で救急搬送された高齢女性の方。来院時は意識清明、バイタルも安定しており、受け答えもしっかりされていた。住所を確認すると、倒れていた場所から十数キロも離れている場所をおっしゃり、どうしてその軒先で倒れていたのか、どうやってそこに行ったのか、どうしてそこに行こうとしたのか、と聞いても
「わからない」
を繰り返すばかりだった。採血をして、少し脱水があるようなので入院、経過観察としたが、入院後は記憶はしっかりしていて、細かいこともよく覚えておられる。入院前の生活のことを聞いてもよく覚えておられる。長谷川式を確認しても、高齢の方で、入院されているので曜日、日付は間違えたがその他は問題なく、ただ、家での最後の記憶から、倒れて発見されるまでの記憶だけがストンと抜け落ちていた。頭部の画像評価も異常なく、
「てんかん発作で記憶が飛ぶにしては、移動距離を考えると長すぎるよなぁ」
ということで、「一過性全健忘」として退院してもらった方を覚えている。
また、施設から、
「1週間前に入所された方で、入所後から常に37度台の微熱が続いている」
との主訴で搬送されてきた高齢女性の方もおられた。少し認知機能の低下はあるが、コミュニケーションに問題なし。血圧、脈拍、呼吸数は正常、体温はERで37.2度、身体所見は副鼻腔の叩打痛なく、咽頭発赤、扁桃腫大なし、頸部リンパ節の腫脹圧痛なく、心尖部にわずかに汎収縮期雑音はあるがその他雑音や過剰心音なし、腹部に明らかな腫瘤や圧痛なし。手足、上肢下肢の関節の腫脹圧痛なし、熱源精査目的で入院してもらったが、画像評価でも頭部、胸部、腹部に有意な所見なく、尿培養はE.coliが検出されたが、排尿時痛などの所見がないことから無症候性細菌尿と診断。血液培養は陰性。血液検査はCRPや血沈の上昇なく、抗核抗体、抗CCP抗体、ANCA抗体も陰性。
入院後は解熱剤なしで熱型を観察したが、朝は37.1~37.2度、夕方にかけて徐々に上昇し、夕方~夜は37.5度~37.6度で推移していた。ご本人も元気で、廃用予防のリハビリもしっかりこなされ、ご飯もしっかり食べられており、
「これ、この人の平熱じゃないの?」
としか言いようがなく(ちなみにこのコロナ禍で、出勤時の体温測定が義務付けられており、この数か月間、私も常に朝は36.9~37.2度で推移しており、夜に体温を測ると37.6度くらいある)、
「この方の平熱です」
と診断して施設にお帰りいただいたことも覚えている。
とにかく、この地域では、「救急車を使う」ということは「余程重症だ」と考えて使っているのだなぁ、ということを実感した。
また、心肺停止患者さんの対応についても違いがあった。病棟急変時にはどちらの病院も全館放送で緊急コールがなり、医師が駆けつけるが、九田記念病院では救急車で来られる心肺停止(CPA)患者さんについてはERスタッフだけで対応していたが、金谷病院では、CPAの搬送依頼があると、手の空いてるスタッフ全員がERに駆けつけ、CPRの対応をしていた。そこは大きな違いだなぁ、と思った。
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