第31話 とうとう子供がやってきた。

 産科研修の時に、長男の出産のことをたくさん書いたが、ちょうどこの内科研修中に僕たち夫婦に長男がやってきてくれた。予定日の前後にはなるだけ当直を入れないでください、とお願いしていたので、本来なら3日に1回の当直も病院側がずいぶん考慮してくださった。ただ、どうしてもこの日は人手が足りないので当直に入ってほしい、と言われたその日を狙って生まれてきた。まるでbabyちゃんが父を困らせようとしたのではないか、と疑うくらいのタイミングであった。(その日の前後3日間は全く当直が入っていなかったので)。私が学生の時に産科の授業で聞いたのは、その引き金となる物質が何かは同定されていないが、分娩の引き金を引くのは基本的にはbabyちゃんなのだそうだ(だから、父を困らせたかったのではないか、と思った)。


 産科研修中に妻の妊娠がわかり、妻はおなかの中のbabyちゃんを「赤さん」と呼んで、赤さん用貯金を用意したり、よく食べていたインスタントラーメンを食べるのをやめ、私を誘って夫婦で赤ちゃんの講習会に行ったりもした。それなりにつわりもひどく、

 「あの時に食べたトマトとレタスのサンドウィッチが今でも忘れられないほどおいしく食べれた」

 と今でも言うほどである。その時の妻はすごくストイックで、まさしく妊婦の優等生。生真面目な妻らしさがよくわかった期間であった。

 妊娠週数が進み、妻のおなかも大きくなって、経腹壁エコーで赤さんの性別もわかった。おそらく男の子でしょうと。そのころから、赤さんの名前を考え始めた。私個人的には、男の子の名前で比較的多い、力強さを感じさせる名前より、知性を感じさせる名前がいいなぁ、と思っていた。妻も同じ考えであった。私の亡父は3人兄弟の長男で、私の名前は父の名前の一文字をもらっている。ちなみに私も長男であり、次男である弟には、父の名前に使われている文字は入っていない。ちなみに父方の祖父にはその文字は入っていないので、始まりは僕の父からなのだが、私は、亡父(つまり長男から見ればおじいちゃん)からのプレゼントとして、その一文字を使った名前を付けようと考えた。妻もそのことに同意してくれ、後は、字画を考え、読み方を考えた。気にしていたのは、私の姓名4文字のうち3文字が12画で、テストの時に名前を書くのが大変面倒(今も自書で名前を書かないといけないときは「めんどくさ~」と思う)なので、何とか画数を減らそうと考え、「これがベスト!」という名前を妻と二人で考えた。いい名前を付けた、と思っているのだが、一つかわいそうなのは、我が家の次男の名前である。基本的な方針は同じなのだが、「これがベスト!」という名前を長男に付けたので、次男には120%の名前を付けなければいけない。次男の名づけには長男以上に苦労した。おそらく父も、弟の名づけには苦労したんだろう。

 「赤ちゃんの名前、これにしたから」

 と父がそっけなく弟の名前を母にそういって伝えた場面を今も覚えている。


 そんなわけで、赤さんに名前を付け、3人の生活が始まった。生まれたての長男はまるで壊れ物みたいに繊細で、ベビー用の布団は用意していたが、日中は1枚の座布団だけで頭から身体がすっぽり入り、寝かせるのに十分だった。仕事が早く終わった日は、沐浴は私が担当した。ベビーバスは確か貰い物だったと記憶しているが、まるであつらえたかのように台所のシンクにぴったりだった。お湯を張って、スキナベーブを入れて、片手で長男の頭~首を抱えて片手でお尻をもってゆっくりお湯につける。頭を持ちながら、頭や身体を洗って、

 「はい、気持ちよかったねー」

 とお湯から上げる。長男くんはニコニコだった。もちろん、当直の日は奥さんが沐浴させるのだが、もちろん、長男くんはニコニコだっただろうと思うが、一度、沐浴中におしっこが顔にかかったことがあると言っていた。自分のことを振り返ると(当然覚えていないのだが)、父方の祖母が私を沐浴させているときに、同じようにおしっこをして、祖母の顔にかけたらしいと何度か聞いたことがあるので、まぁ、似たものだなぁと思っている。


 そんなわけで、2年次の内科研修は実りの多いものであったはずなのだが、今も心に残っているのは、患者さんにとてもしんどい思いをさせてしまった点滴のこと、ネフローゼ症候群で冷や汗をかいたことと、新しくやってきた長男くん(以下、「太郎ちゃん」と書くこととする。ちなみに次男は「次郎ちゃん」)のことである。



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