第13話 消化器内科へローテート

 内科4か月のローテーションの最後は消化器内科だった。当時の消化器内科は医長の杉本先生(年次的にも、技術的にも、論文や発表数でも『部長』となってもおかしくない先生なのだが)をトップに、3人の先生が所属していた。消化器内科では、消化管の疾患と、肝、胆、膵の疾患を扱っていた。消化管では、出血性胃潰瘍、虚血性腸炎の患者さんが多く、パラパラと下血を伴う細菌性腸炎、そして頻度は少なかったが炎症性腸疾患の方もおられた。肝、胆、膵では、アルコール性肝硬変の頻度が高く、肝性脳症や食道静脈瘤破裂などで入院される方が多かった。中年の方では急性胆嚢炎、高齢の方では急性胆管炎の方も入院された。時に急性膵炎の方の入院があったが、膵炎はむしろアルコール多飲の方の慢性膵炎急性増悪の頻度が高かったように思う。


 消化器内科では、後期研修中の鷹山先生(みはる先生の夫さん)が同時に研修しており、鷹山先生に助けてもらうこともしばしばだった。


 消化器内科も、専門手技は行なわない、というルールだったので、基本的には病棟の仕事と、ERからの緊急入院の人の対応(と言っても入院指示は上級医が出すことになっているので、患者さんへの顔見せと、病歴聴取、身体所見の確認をすることが主だった)を行なっていた。


 消化器内科は朝の集合時間が基本的には決まっておらず、各人が、自分のペースで朝回診を行ない、8:45からの内科Sign-in Conferenceに出席、その後は上級医の先生方は内視鏡室で午前中は上部消化管内視鏡。お昼頃に、上部及び下部消化管内視鏡(同日検査)の人を検査し、昼食後は下部消化管内視鏡、そして15時ころから、ERCP/ESTなど、TV室での処置、というスケジュールだった。


 アルコール性肝硬変や、慢性膵炎急性増悪で入院される方は、基本的には何度も入院を繰り返しているので、ほぼ担当医が決まっている状態であること、また、そういう人は一癖も二癖もある人なので、私が担当することはほとんどなかった。担当した患者さんの多くは、出血性胃潰瘍で内視鏡的止血術後の方や、虚血性腸炎の方、急性胆嚢炎の方が多かった。虚血性腸炎については比較的特徴的な病歴がある。それは、便意と腹痛を催し、トイレに駆け込み排便しようと頑張るのだがなかなか便が出ず、30分以上、トイレで腹痛・便意と闘い続け、ようやく便が出始めたら、便に血液が混じり始め、「血便が出た」とのとで受診される、というパターンだった。このような病歴で受診された方の9割近くが虚血性腸炎であったように思う(時々細菌性出血性大腸炎の方もおられる)。医学生のころ、とある病院に見学に行ったとき、その病院の消化器内科の部長先生が、

 「虚血性腸炎の発症メカニズムは、便秘などで腸管内圧が亢進しているときに、『うんうん』と力んで便を出そうとするので、腹圧で大腸壁が硬い便塊に圧迫されるため、腸管粘膜が虚血を起こすのだ」

 とまことしやかに説明され、その当時は

 「そうなのか!」

 と思ったのだが、教科書を見ると、実際のところはよく分かっていないらしい。であるが、病歴としては非常に特徴的で同じようなパターンを(なぜかわからないが)取るので、疾患の想起はあまり難しくないことも分かった。


 各人が比較的freeに病棟を動く消化器内科だが、水曜日の午前7:30からは、外科との合同カンファレンスがあり、これには消化器内科全員、外科全員が集まることになっている。合同カンファレンスでは、内科側からは内視鏡検査で悪性腫瘍が見つかった方の症例提示を行ない、患者さんの引継ぎをお願いする。外科側からは、内科から紹介した患者さんの術中所見、術後の病理学的な所見、進行度を提示してくださり、時には、内科転科をお願いされることもある。大事なカンファレンスではあるのだが、まだまだ不勉強な僕には難しいことも多かった。


 時に、入院時には見つからなかった思いもよらない病気(特に悪性の疾患)が、入院とともに見つかることも多かった。出血性胃潰瘍で入院した患者さんで、内視鏡的にしっかりと止血ができ、PPIを投与して、徐々に食事をとってもらい、最後に止血部位をGIFで確認をして退院、というスケジュールの患者さんが、たまたま腹部エコー検査をスクリーニング目的で行なったところ、肝臓に浸潤があるように見える胆のうがん、と思しきものが見つかり、大慌てしたこともあった。


 そんなわけで、あまり初期研修時の消化器内科で心に残っていることは多くない。よく言えば、想定内の患者さんが来られ、想定の範囲でことが起きる、という穏やかな期間だったのかもしれない(たぶん重症の人は上級医の先生が診てくださっていたのだろう)。


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