第12話 内科初期研修医の習得すべき手技
以前にも述べたように、師匠は、冠動脈造影や上部下部消化管内視鏡検査など、専門性の高い手技については、初期研修医では行わない、としていた。
初期研修医でしっかり習得してほしい手技は、一つはセルジンガー法(穿刺したいものにまずガイドワイヤを挿入し、そのガイドワイヤに沿ってカテーテルやチューブを挿入する方法)で中心静脈穿刺が一人でできるようになること、もう一つは、chest tubeを一人で挿入できるようになること、と仰られた(個人的には、chest tube挿入は難易度が高いと思っている)。
内科の小手技にはまだいくつかあり、以前師匠に教えてもらった骨髄穿刺、後は胸水穿刺、腹水穿刺などがある。これらも初期研修医で習得すべき、と師匠は考えておられ、その手技が必要な患者さんが来られたら、師匠から呼び出しがかかった。
もちろん、研修医になってすぐ、初期研修医が習得すべき手技のマニュアル本を購入し、イメージトレーニングをしているのだが、師匠から呼び出しがあり、外来の処置室やERに降りると、初回は必要な物品、機器(ポータブルエコーなど)をそろえてくださっており、必要な道具の説明、手技の手順を説明しながら手技を見せてくださる。
次の時は道具、機器は僕たちが用意し、師匠の監視の下でその手技を行ない、問題がなければ次からは自分でするように、というスタイルで手技の教育をされていた。
私たちの所属する病院グループの研修医教育の方針が、”See One, Do One, Teach One”(一度やって見せて、一度はさせてみて、後は後輩に教えてあげる)というものであった。
でも実際は、一度見ただけで手技ができる、というわけではないことが圧倒的に多い(その頃にはYouTubeもなかった)。一度見せてもらって、マニュアル本で復習、イメージトレーニングをし、何度か上級医の監視下で手技をさせてもらって、ようやく人に教えられるレベルになることが多かった。僕が不器用だったからかもしれないが、僕にとっては、”See Some, Do Many, Teach one”だった。
師匠が呼吸器内科外来を担当され、肺がんの方が多かったので、胸水穿刺をする機会は多かった。師匠から電話がかかり、
「保谷先生、胸水穿刺をしてもらうからERに来て」
と呼ばれる。ERでは患者さんがオーバーテーブル(入院中、ベッドの上で食事をしたりするときに使うテーブル)にうつぶせになって座っておられ、穿刺する側の服は全部脱いでもらって待っておられる。確認のため、胸部レントゲンで穿刺側が正しいかどうかを確認し、患者さんに自己紹介。
「こんにちは。内科の保谷と言います。今から胸に溜まっている水を抜く処置をしますね」
と挨拶し、物品を確認する。九田記念病院では人工透析科があるので、胸水、腹水の穿刺の際は、透析の時にシャントの穿刺に使う「ハッピーキャス」を使っていた(穿刺針と、チューブ接続部の間が一部ゴム管になっていて、接続部を曲げてしまえばチューブ接続時に空気が入ることがないようになっている)。ハッピーキャス、延長チューブ2本、三方活栓一つ、細胞診用と培養用、一般検査用の検体容器3本、10mlのシリンジ3本、23Gの針1本、キシロカインアンプル1本、穴あきと穴なしの覆布各1枚、滅菌手袋、消毒用のイソジン綿球3個、そして、油性マジック、ゼリー、ポータブルエコー、排液を入れるカメを用意する(ほとんどの場合、看護師さんが用意してくれているので、足りないものがないかを確認する)。
まずポータブルエコーで穿刺に適切なエコーフリースペースを探す。適切なところを見つけたら、その部位に爪で印をつけ、ゼリーをいったん拭き、マジックで印をつける。そしてもう一度ポータブルエコーで、その穿刺部位で適切かどうかを確認する。確認できたら、エコーをした時のゼリーをしっかりふき取って、マーキングしたところを中心に3回イソジンで消毒し、滅菌手袋をつけ、穿刺部位に合わせて、患者さんに穴あきの覆布をつけ、別のテーブルに穴なしの覆布で清潔エリアを作り、穿刺のための道具を清潔においていく。延長チューブと三方活栓を繋いで排液用の管を用意し、三方活栓の残りの一つのところに10mlシリンジをつけて用意しておく。
もう一つの10mlのシリンジにキシロカインを吸い(これは介助してもらう)、22Gの針をつけ、試験穿刺を行なう(その頃にはイソジンは乾いている)。肋骨の下方に肋間動静脈、肋間神経が走っているので肋骨の下方には針が入らないように注意し、マークした部分の少し下方にある肋骨の上縁を触診し、その少し下をキシロカインで局所麻酔を行なう。そのまま針を進めると肋骨にあたるので、その部分をしっかり麻酔し、少し針とシリンジを上方に平行移動し、肋骨の上縁を針が通るように進めながらシリンジに陰圧をかけ、胸水の逆流がなければ、キシロカインを注入し、少しずつ針を進めていく。シリンジに陰圧をかけたときにやや黄色の胸水の逆流があれば針を進めるのを止め、少し針を引いて胸膜にしっかりキシロカインで麻酔を効かせ、試験穿刺を終了する。
ハッピーキャスに3本目の10mlシリンジをつけて、試験穿刺と同様に針を進めていく。肋骨の上縁を針が通るときは、少し進めて陰圧をかけ、胸水の逆流がないかどうか確認しながらゆっくりと針を進めていく。胸水の逆流があれば、そこから3mmほど針を進め、そのままシリンジと内筒を固定し、外筒をゆっくり回転させながら奥まで外筒を進める。その状態でシリンジに陰圧をかけ、できるだけたくさんの胸水を回収し、内筒針を抜去し、採取した胸水を3本の検体容器に分注する。
ハッピーキャスのゴムの部分を曲げて空気が逆流しないようにした状態で延長チューブをつなぎ、曲げていたチューブを開放。三方活栓はつけているシリンジの方に向けておき、空気が入らないようにしておく。シリンジに陰圧をかけ、スムーズに胸水が出てくるのを確認したら、延長チューブの反対側をカメにたらしテープで固定、三方活栓を開放し、胸水を排液させる。一度に胸水を多量に抜くと、再膨張性の肺水腫を起こすので、排液は多くても1.5L、目安としては1L程度を目標とする。排液が進み、肺が膨張し始めると患者さんは咳をし始める。教科書では咳が出始めたら、排液を中止する、と書いてあるものもあるが、九田病院では咳をしながらでも、1Lくらいは排液していた。排液が終わると抜針。胸膜の穴と、皮膚の穴がずれるように穿刺したので、胸水が漏れ出てくることはほとんどない。しばらく創を圧迫し、出血が見られなければ医療用フィルムを貼って処置は終了である。
腹水穿刺も基本的には同じで、ポータブルエコーでエコーフリースペースを探し、同じように消毒、皮膚の穿刺部位と腹膜の穿刺部位が処置終了後ずれるようにシリンジをずらして局所麻酔&試験穿刺。本穿刺も同様に行ない腹水を検査に回し、排液を行なう。腹水の排液は、あまり制限をせず、出るに任せて排液し、液が出なくなったら抜針、圧迫止血をして出血がなければフィルムを貼って処置修了となる。腹水穿刺では4~5Lくらいの排液がふつうにみられるが、腹水中にアルブミンなどたんぱく質や栄養分が含まれているので、腹水穿刺をするほどに、患者さんは衰弱していく。しかし腹水が溜まると患者さんはしんどいので、
「腹水を抜いてほしい」
と強く要求されるようになる。なのでなるだけ腹水穿刺はしないようにしていた。
骨髄穿刺は、狩野内科で一度見せてもらっているので、ある日師匠から
「骨髄穿刺するから降りてきて」
と呼ばれたことがあった。患者さんのところに来た時に師匠が
「骨髄穿刺の上手な先生に来てもらいました」
と患者さんに言われたので、すごくプレッシャーを感じた。そのせいかどうかわからないが、師匠の教え通りに骨髄穿刺を行ない、骨髄針はきっちり刺さったのだが、シリンジを引いても骨髄が回収されなかった。どうも穿刺部位が適切な部位からずれてしまったようだった。師匠のプレッシャーと、失敗してしまったことから骨盤からの骨髄穿刺は少しトラウマになってしまった。その後は、骨盤よりリスクは少し高いが、穿刺しやすい(患者さんは穿刺部が見えるので怖いと思うが)前胸部の胸骨体から骨髄穿刺をするようにしていた。
そのようにして、手技をすこしずつマスターしていった。
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