第11話 循環器内科研修を受ける

 狩野内科の研修を終えた後は、循環器内科をローテートした。循環器内科ローテーターといっても、師匠のお考え通りカテ室には基本的に縁がなく、指導医である坂谷先生の手足となって指示を出しながら、薬の使い方、考え方、また先生が心カテをされている時間に、もう一度一人で患者さんの診察をさせてもらい、心雑音など注意しながら所見をとるようにしていた。


 循環器内科の集合時間はAM 7:00、ER当直の交代時間は7:30なので、循環器内科にローテート中は、ERリーダーにお願いして、早くER当直を終わらせてもらっていた。


 循環器内科では、すべての患者さんの主治医は坂谷先生、僕は副主治医という立場だった。7時に医局に集合すると、まず患者さんのカルテ回診を行なう。カルテを確認しながら坂谷先生が各患者さんに検査の指示や内服薬の指示を私に指示される。私はそれをメモしながら、回診終了後に指示出しをする、というのが流れである。


 夜、帰るときにはいなかった患者さんが、朝にICUに入っていることがあり、私の知らない夜間に緊急カテがあったんだなぁ、ということがわかる。ICUの指示は坂谷先生が直接指示されることになっていた。


 カルテ回診が終わると実際に患者さんの回診に行く。循環器疾患の患者さんはほとんど5階西病棟に入院されており、後はICUに患者さんが入っているかどうかだけだった。ICUに入っている患者さんについては、毎朝8:30からICUカンファレンスがあり、主治医から今後の治療方針が伝えられ、それに対して何か質問があればICU看護師さんから質問を受ける、というスタイルだった。


 8:45からは内科全体の”sign-in conference”に出席し、新入院の確認や当直帯の報告が行われる。9時からは坂谷先生はカテ室に入られ心カテを行なったり、外来日には外来に出られるが、僕たちは師匠のモーニングカンファレンスに出席し、症例のプレゼンテーション、鑑別診断の挙げ方などのトレーニングをこれまで通り受けていた。それが終了すると5西病棟に上がり、朝、坂谷先生から指示を受けたことを各患者さんの電子カルテに入力して指示を出す。1時間弱くらい時間がかかるかな?その後、僕個人でもう一度回診を行ない、朝回診では十分に聞けなかった患者さんのお話を聞いたり、胸部の聴診をしたりする。もちろん、新入院の方で、予定のカテ入院以外の方については狩野内科の時と同様に、きっちりAdmission Noteを作成した(ICUの方を除く)。

 僕ら1年次研修医にとって、ICUは入りづらいところだった。少なくとも研修医になって3か月目のピヨピヨDr.が一人で出入りするのは勇気がいるところだった。

 狩野内科と大きく違うところは、患者さんの認知機能はほとんどの方がしっかりしていて、病歴の確認がしやすいところだった。疾患名についても「急性冠症候群」、「急性心筋梗塞」、「うっ血性心不全急性増悪」がほとんどだった。そんな感じで仕事をすると、大体僕の手が空くころに坂谷先生の心カテも終わるころになる。時間があれば、論文抄読を行なった。研修開始の時にNew England Journal of Medicineの論文を渡され、坂谷先生と一緒に論文を読んでいた。


 ある日、坂谷先生と新入院の患者さんの朝回診をしていた時、

 「保谷先生、この方、よく心雑音が聞こえるよ。聞いてごらん」

 と坂谷先生がおっしゃった。先生が聴診器を当てていた場所に聴診器を当て、耳を澄ます。

 「あれっ?よくわからないぞ」と思い、

 「先生、よくわかりません」

 と坂谷先生に伝えた。

 「いや、すごくよく聞こえる雑音だよ。聴診器を貸してごらん」

 と私の聴診器を取って患者さんの胸壁に当て、最もよく聞こえるところで聴診器を固定してくださり、

 「ほら、ここだよ。聞いてごらん」

ともう一度音を聞かせてもらった。でもやはりわからない。

 「先生、やっぱりよくわかりません」

とお伝えすると、

 「おかしいなぁ、君の聴診器でもよく聞こえたし、君の聴診器もよいものを使っているしなぁ…。あっ、そうか!わかったよ。先生の耳と耳の間が悪かったんだね。じゃあ、次の患者さんに行こう」

 とおっしゃって、次の患者さんの回診に進んだ。

 「耳と耳の間って…、あぁ、そういうことか!」

 と、その先生のうまい表現に落ち込むよりも先に感動してしまった。とっさにそのような表現、少なくとも僕にはできないと思う。ちなみに、翌日同じ患者さんの回診をした時には、非常によく心雑音が聞こえて、なぜこれが前日にはわからなかったのか、今考えてもよくわからない。


 坂谷先生は、あまり感情を表に出さない、淡々として理知的な印象の先生だったが、根っこは体育会系、飲みに行くときは豪快に飲み、ほとんどの先輩研修医がつぶれてしまうほどお酒に強い人だった。しかし普段はERからの緊急カテ呼び出しのためにお酒は飲まないようだった。大体週に2回くらい、夜のERで急性心筋梗塞の患者さんが搬送されることがあった。もちろん緊急カテーテルが必要なのだが、その時には1時間かからずにERに現れ、PCIをして帰って行かれる。そして、朝7時から通常業務として回診が始まる、というHard-workをこなす先生だった。


 そんな感じであっという間に循環器内科研修が終わってしまった。少しは心雑音が聞こえるようになっただろうか?ER当直の診察では、胸部の聴診には注意を払うようになったのはよかったと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る