第8話 チーム替え
新海チームの1ヶ月が終わり、今度は栗原先生のチームに所属することになった。栗原先生は初期研修医のころからの九田記念病院生え抜きの先生だったが、あまり後輩に指導するのは好きではなかったようだ。栗原チームに入ってすぐに、栗原先生から、
「保谷先生、俺、あんまり後輩を指導するのうまくないねん。それに、俺、自分のことで手がいっぱいやねん。分からないことがあったら遠慮せず聞いてくれていいけど、俺の方から、何か指導したりすることはないから、好きなように動いてくれていいよ」
と言われた。栗原先生はすごく腕のいい内科医だが、今の栗原先生の発言は
「手取り足取りは教えないよ。放置状態になるけど、付いてきたかったら、付いてきても構わないよ」
という宣言だった。とはいえ、何もしないわけには行かない。栗原先生の患者さんを同じように回診し、自分なりに問題点を評価し、必要だと思えば、栗原先生の邪魔をしないように検査のオーダーなどをしていた。その頃、チームのみはる先生はお子さんを妊娠されていて、少し仕事をセーブしておられたが、分からないことはみはる先生にも聞いたりして、栗原先生の仕事を追いかけていた。
「狩野内科」は2チーム、と書いたが、そのチーム以外に、師匠ご自身も入院患者さんを担当していた。師匠の診ておられる患者さんは呼吸器内科疾患だけではなく、多岐にわたる領域の患者さんを診られていた。栗原チームにいたころに、師匠の入院患者さんで、B細胞悪性リンパ腫の患者さんがおられた。その患者さんの骨髄穿刺をすることとなり、同時期に狩野内科をローテートしていた佐藤先生と僕が師匠に呼ばれ、骨髄穿刺の現場に立ち会った。検査技師さんも検体をすぐ処理できるようにベッドサイドで待機されており、初めての二人に骨髄穿刺を指導してくださった。師匠は骨盤から骨髄穿刺を行なっておられ、この部位からの採取は安全性が高かった。
「今回は私が骨髄穿刺を行ないますが、次回以降は、機会があれば先生方にしてもらいます」
とおっしゃられ、穿刺部位の決定方法、局所麻酔の方法、骨髄穿刺針の使い方、どの状態になれば骨髄に針が届いたと判断するか、という判断基準(穿刺針がグラグラせずに直立していたら、骨髄に針が届いたサイン)、骨髄液の取り方(ゆっくりシリンジ(注射器)を引くのではなく、一気にグッと引っ張って採取する)、などを見せてくださった。採取検体はすぐ検査技師さんにわたし、その場で技師さんが検体の固定、調整を行っていた。
そんな感じで、栗原チームでも、新海チームの時と同様に患者さんの回診を継続していた。毎週水曜日は気管支内視鏡の検査日で、(栗原先生も、師匠と同じように内科は全科を診られるが)呼吸器内科専門医取得中の栗原先生をはじめとする栗原チーム、そして師匠で午後に気管支内視鏡検査を行なっていた。検査は放射線科の透視室(透視画像を確認するテレビモニタが置いてあるので、TV室と呼んでいた)で行ない、栗原先生が鉛の防護服を着て、気管支ファイバーを行ない、師匠がアドバイスを出す、という形で検査を行なっていた。気管支末梢側の擦過細胞診や肺胞洗浄、時にはTBLB(経気管支肺生検)を行なっていた。
栗原先生は、内科当直をされても問題がないほど実力をお持ちなのに、ER当直に入られ、リーダーをされることが多かった。入院が必要な患者さんの相談に行くと、栗原先生が再度診察され、栗原先生ご自身が主治医をされることが多かった。栗原先生は、入院の際に、非常にたくさんの検査をオーダーされるのが常であった。
内科の教科書には、患者さんの訴えから、想定される検査を絞り込み、可能な限り少ない検査で診断をつけることを良しとする、と記載されているので、どうして内科医として非常にしっかりとした栗原先生が、ある意味「これでもか」というくらいに検査を出されるのか、とても不思議だった。なので一度栗原先生に、
「先生、内科学の教科書では『検査は必要最小限に』と書いてありますが、先生はどうしてそんなにたくさん検査をオーダーされるのですか?」と聞いてみた。
「保谷先生、主治医が病気を見逃してしまったら、その病気を誰が見つけてくれるんだい?僕は担当した患者さんの、隠れた病気を見逃さないようにと思って検査を出しているんだ」
との答えだった。栗原先生のその答えで、僕は納得した。医療費の増大、特にアメリカでは医療費そのものが高価で、自己破産の原因の第1位が医療費である。なので、”Choosing Wisely”というスローガンをもとに、必要性の低い検査を抑えようとする動きがある。それはある意味正しいのだが、やはりそれでは低い確率ではあるが見逃しを避けられない(「その検査を特定の集団全員に行うのにかかるコスト>見逃し患者さんを治療するコスト」であれば、医療経済的には、その検査を特定の集団全員に行うのは不適切と判断される)。”Choosing Wisely”運動も正しいが、栗原先生の
「主治医となったからには、絶対に病気を見逃さない」
という姿勢も正しいと思う。正邪はつけられないが、栗原先生がそのような思いで検査をオーダーされていることはよく分かった。
そんな感じで栗原チームでの研修も進んでいった。
(補足です。数年後、初期研修医の研修態度で先生方が雑談されていた時に栗原先生は「僕、基本的に放置していたけど、佐藤先生とほーちゃんは毎日回診して、きっちり患者さんを診てくれていたよ」と仰られていました。よかったね、保谷先生)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます