マトリョーシカな日

 朝、スクランブルエッグを作るために卵を割ろうとしたら、うまく割れなかった。


 てっぺんのひび割れた箇所から殻をいていくと、おかしな事に殻付きの真っ白な卵が現れた。


 そういう事もあるものかと、もう一度卵を手に取ったとき、ポケットのスマホが振動した。


「ごめんー。お弁当忘れたから、今から持ってきて」


 妻からだ。ここ最近よく忘れ物をする。傘だの弁当だの…ぼくがリモートワークになって、これで3度目だ。


「味をしめたか…」


 朝礼を済ませ、次のミーティングが昼からだというのを確認すると、すぐに弁当を持って妻の職場へと向かった。


 妻の働いている工場は自転車で20分くらいのところにある。


 横道から大通りへと出ようとしたとき、突然2人のこどもが目の前に飛び出してきた。

 ブレーキをきかせる。

 間に合った。

 間に合ったのだが、こども同士がごちんとぶつかって、信じられない光景が目に映った。


 ピキピキピキピキ


 こどもの中からこどもがこんにちは…


 何事もなかったようにこども達は横道のほうに走っていく。


 抜け殻が置きっぱなしである。

 自転車から降りて、観察してみる。

プラスチックみたいな透明の素材をしているそれは、睫毛まつげから指先までとても精巧にできていた。触ろうとしたら、それは「溶ける」ということばが適当なのか分からないが、一瞬で消滅した。


 世の中には予想外の出来事が起こるものだ。

それに、こんな時代、に何が起こってもおかしくはない。


 また自転車を走らせる。


 鳩が地面にぶつかってパッカリ。


 こどもが自動ドアにぶつかってパッカリ。


 それを見ていた母親の財布が地面に落ちてパッカリ。


 驚く事はない。マトリョーシカみたいなものだ。

 という事は、パッカリのあと、またパッカリということがあり得るのだろうか。

 それから、パッカリ現象のあと、本体は若干ちぢむのか?


 まあ、それは研究機関に任せるとしよう。さすがに今ごろニュースになっているはずだ。

それより、弁当を届けて、早めに帰宅をしよう。

今日も仕事なのだから。。。。



 ※※※※※※※


 工場へ着くと、妻に電話した。


 駐車場まで持ってきてほしいとの事だったので、先に表のフェンスの脇に自転車を止めて、周って裏側に歩いていく。


 花壇にひまわりが咲いている。綺麗に手入れされているな…


「危ねえ」


 フォークリフトだ。

完全に右を見ていなかった。


 ぶつかる。と言うかぶつかった。


 ピキピキピキピキ、パッカリ。


 中から自分が出てきた。


 フォークリフトから色白の背の高い若者が降りてきた。

「マトリョーシカ!」


「?…マトリョーシカ!」

 簡単につられる。


「って、どういう事ですか?」


「私は未来の便利屋のようなものです」


「…便利屋?」


「はい。20年後の奥さまと娘さまに頼まれてやって来ました」


「そしたら、このおかしな現象はあなたが原因なのですか?」


「ええ、まあ。面白いでしょう?…とにかく命は助けましたからね」


「それでは」と言うと、男は溶けていなくなった。



 ※※※※※※※


「遅かったね」


「まあ、いろいろあって…それより助けてくれてありがとう」


「いや、こちらこそ…って何のこと?」


 あ、そうか未来の妻と娘だって言ってた。

 ん、娘?


「いや、いつもありがとう…もっと仕事がんばるから」


「期待してる、今日帰ったらビッグニュースがあるから、ケーキ買って待っててね」


 言いながら、一瞬、妻がお腹をさすったように見えた。




(終)

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【掌編集】たからもの 遠野 歩 @tohno1980

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