宝もの

 リモート仕事にも慣れてきた頃、中だるみを防ぐため、午後の一時間はネットを見たり、軽めの読書をするのが日課になっていた。


 その日は好きな作家の新刊が出るというニュースを同僚伝いに聞き、発売日や以前の著作の紹介などを眺めていたが、検索画面に戻った際にあるネット広告が目に入った。


「幻のトレカ 高額買取」


 トレカ? カードのことか…


 中を覗いてみると、試合用(トレーディングカードゲームと言うらしい)のものが大半を占めていたが、昭和世代には懐かしい、菓子のおまけカードも取引きされていた。


 中に野球カードもあった。


 自慢じゃないが小学校時分は、近所では有名な収集家だった。

 怪物と言われた伝説の投手の物や、今でもメジャーで活躍している選手のホームランカードも持っていた。


 これ、もしかしてこの選手、持っているかも…


 それは、投方が独特で、当時の少年だったら誰でも一度は真似したことがある選手のカードだった。


 桁を数えるのを間違えていなければ、10万と書かれている…


 まじか、


 捨ててなければ、まだ実家の物置のどこかに残っているかもしれない。


 早速、母親に電話し、用件だけ伝えて受話器を置いた。



 ※※※※※※※



 翌日の夕方、玄関のチャイムが鳴った。

 会議中だったが、理由を伝え、急いで席を立った。


 仕事を終えると、発泡酒を片手に早速荷物をほどいた。

 大量のリンゴジュースの端に、目当てのものが刺さるように挟まっていた。


 カンカンである。贈り物の洋菓子とかが入った…


「懐かしいなあ」


 カンカンにはびっしりとカードが詰められていた。


 あの投手の物もしっかりあった。


 僕はカードを握りしめ、次の日曜日、ネットにあった店を訪ねることに決めた。



 ※※※※※※※



 高速を二時間ほど走らせ、東京都の端っこ(山梨との県境)にある、「ホビーショップしまづ」に到着した。


 空気がうまい。


 あとで、高尾山にも寄って行こうかな。


 ホビーショップは、名前の軽さとは裏腹に外観は何だか地元の酒屋みたいな木造建てだった。


 入り口の戸には赤い油性マジックで


「冷やかしお断り。純粋な心の持ち主を求む」


 と強い筆圧で書かれていた。


 …やばい所に来ちゃったかな。


 それに大切なカードをお金に目がくらんでほいほいと売りに来る自分は純粋とは程遠い。


 先生に叱られた子供のような気持ちになったが、折角来たんだし店の物だけでも見ていこう。


 恐る恐る店の中に入っていくと、ショーケースに綺麗にカードが飾られていて、他にもプラモデルやヨーヨーなども陳列されていた。しばらく見ていると、奥から若い女性がやって来て、


「すみません。お店、11時からなんです」


「あ、ちょっと早く来すぎちゃいましたか」


「いいえ、今父を呼んできますので、しばらくお店の中を見物してやってください」


 まだ20代だろうか。化粧っ気はないけど、美人な人だ。

 おじさんの癖に一周り以上年下の女性に鼻の下を伸ばしていると、


「よっ、いらっしゃい」


 50代くらいの金髪の男性がやって来た。


「あんた、娘目当てじゃないよな」


 眼が笑っていない。


 凄まれてびびっていると、


「冗談だよ。なにその缶?今日はなにかいいブツ持ってきてくれたの」


「いや、実家にあった野球カードなんですが、もしかしたらレアな物も入ってるかも…なんて」


「よし、こっち来て見せてみ」


 プラモデルのコーナーの先に、カードの対戦をする場所なのだろうか、小さな机と椅子が二脚置いてあった。


「そこ、座って。どれどれ…おーこりゃ、すごい量だ」


 カンカンのびっしり具合を見て、店主は驚いたような興奮したような面持ちだった。


「こりゃ、時間かかるかも…だね」


「すみません。見て頂いてる間、外で昼飯でも食べて、少し時間潰して来ますんで」


「オッケー、この先においしい“ほうとう屋”があるからそこに行くといいよ」


 店主の言う通り、ほうとうは抜群の味だった。お店もきちんとコロナ対策していたし。久しぶりに外食したな…もうこんな時間だ。ちょっと急がなきゃ。


「お帰りー。見応えがあったよ。いい物見せてもらったわ」


 10万のカードは、保存状態が悪くて、残念ながら8,000円だった(それでも結構な値段だ)が、それ以外のカードの買取金額を合わせると、東京から青森までの片道の新幹線代ぐらいにはなった。


「こんなに…いいんですか。ありがとうございます」


「いやあ、こちらこそありがとうだよ。それと…これ大事なもんだろ」



 ※※※※※※※



 家に着くと早速実家に電話した。


「なに、また何か送れって」


「いや、違う。母さん、最近体の調子どう」


 母は若い頃から、頭痛と背中の痛みに悩まされていた。


「痛いところ、ない?」


「あんた、急にどうしたの。年中痛いわよ」


「しんどい?」


「まあ、そりゃあね。でも、痛いのと長い付き合いだから。もう慣れっこ」


 と受話器の向こうの母の声は何だか寂しそうだった。


「2回目のワクチン打ったら、実家帰るよ」


「そう?お父さんも喜ぶと思うわ。電話、それだけ?」


 素っ気ない母親である。


「うん。あと、リンゴジュースありがと」


「はーい。じゃあ切るわね」



 店主から渡されたのは、カード大に切り取られた厚紙だった。

 そこには2Bのえんぴつでこう書かれていた。


「肩たたき券。ゆうこうきげん→母さんがしんどい時はいつでも」




(終)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る