【掌編集】たからもの

遠野 歩

BIRD

 ある日、妻がスマホを買ってきた。


 それは聞いたことがないメーカーのもので、僕は怪しんだが、

「birdって言う機種なんだって…ほら、見て。かわいいでしょ?」

 妻の手のひらには、卵形…というか小さめの卵そのものが乗っかっていた。

「なに、それ…?」

「なに、それって、これから時間をかけてゆっくり育てていくのよ」

 と妻の声は弾んでいた。


 二三日して、卵が孵化した。

 妻はちょうど買い物に出掛けていたので、スマホは、最初に目があった僕を親とみなしたらしい。

 その日からトイレに行くにも、外出するにも自らポケットに入ってくるので、妻は仕方なく僕に譲ると言い出した。


 実際、使ってみると、勝手に付いてくるので失くす心配もなく、普通のスマホより幾らか気が利く。


「愛情を注げば注ぐほど良いんだって」

 と妻に言われたので、こまめにクロスで拭いたり、何かをしてもらった時はいつも「ありがとう」を言うようにしていた。

 そうしている内に、散歩をしていると勝手に歩数計が動きだし、お腹が鳴ると出前アプリが表示される…といった風になった。


 人は欲張りにできている。

便利になると、また新しい便利を求めてしまう…


「bird。お願いがあるんだけど、外に行って“ぺたちゅー”を捕まえてきて」


 彼は嬉しそうに外に出て、一時間後に、色違いのぺたちゅーを2匹もゲットしてきてくれた。


 味をしめた僕はその後何度も彼にモンスターを捕まえに行かせた。


 その日、いつものように外に行かせたスマホが、一時間経っても二時間経っても、戻ってこなかった。

 不安になって、探しに行くと、電線の上に雀と並んで止まっていた。


「bird。こっちだよ。降りておいで」

 一瞬こちらを見たように思えたが、次の瞬間、勢いよく電線をはじくと、赤いボディは高く高く、大空へと飛び立ってしまった。



 ※※※※※※※



「そんなに落ち込むことないって。新しいの…明日、見にいこうか」

「嫌だ。僕にはあいつじゃなきゃ駄目なんだ」

 少し声を荒げた僕に妻は驚いた様子だったが、「じゃあ、いっしょに探そうか?」と言ってくれた。


 僕と妻はインターネットやSNSを駆使して、birdの目撃情報を探した。

 山梨県の古民家に似たようなスマホが巣を作っていることを発見した。


 次の日曜日、レンタカーを借りてその古民家を訪ねることにした。

「旅行みたいだね」と妻は笑顔だ。

 着いてすぐに、家主の方に挨拶をし、問題の屋根のはりを見せてもらった。


 そこには、birdの隣にきれいなブルーのスマホが置かれていた。

「あれは…」と僕が呟くと、

「結婚したんだね」と妻が言った。


 bird。おめでとう


 心からそう思った。


 足下に何かが転がっている。拾い上げてみると、きれいな楕円の卵だった。

 カチカチと音がする。


 中から紫色の小さなスマホが出てきた。


「あっ、私目があった」と妻が叫んだ。

 とすると…

「今度は私が育てる番ね」

 僕は、それでいいと思った。


 新しいスマホが冷えないように、僕はそっとタオルで包んだ。




(終)

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