年収

エリー.ファー

年収

 藝術家を名乗っている。

 金にはならないことばかりだった。

 アルバイトはしなかった。

 気高い生き方を目指していたからだ。

 ある日、私は二十六歳になった。

 世間一般で言えば、若い部類に入ると思う。長く藝術家を続けているような人間からすれば若造だろう。気持ちは分かるが、今はそんなことはどうでもいい。

 私は。

 売れた。

 凄まじく、爆発した。

 作品が世の中に知れ渡り、ある作品が売れた。

 私が提示した価格は十八万。かなり、ふっかけた額である。

 相手であるイタリアの大富豪が払ってきた額は。

 二十六億。

 桁数で死ぬかと思った。

 何を思って、その金額なのかと尋ねたら、感動したからだ。そう言われた。

 感動しただけで二十六億払うような人間に初めて出会って、今までの人生がいかに狭かったのかを思い知った。別に広い世界に出たいと願っていたわけではないのだ。ただ、狭い世界に身を置いても広い世界の人間たちから一定の評価をされて、ちやほらされたいと思っていた。

 まぁ、基本的に皆、そんな考えで生きているか。

 私だけがこういう特別な考え方を持っているわけではないか。

 いや。

 結構、普通の考え方だな。これは。

 とにもかくにも。

 私は二十六億を手に入れた。

 最初はイメージがつかずに自分なりにその数字を何かに置き換えてみたりした。一円玉で言うところの二十六億枚。二十六億円札があるとするならば、それ一枚分の価値。

 二十六億あると、アメリカのとある豪邸を買えるのだと分かった。そこにはプールが三つ、噴水が二つ、シアターが二つあった。それ以外の情報はない。頭の中に入ってくる情報量に、脳が追いつけずに拒否をした。

 貧乏らしい生活。をしていたわけでもない。

 それなりに慎ましい生き方をしていた。

 私からすれば、これが死ぬまで続いてもいいとさえ思えたのだ。でも、ここで二十六億の大金が転がり込んできたわけであるからして。

 欲も出る。

 今までの二十六年間で割って、年収一億。

 なんだ、これは。

 お金持ち確定ではないか。

 こうなると気になるのは未来だ。

 次にどんな作品を作ろうか。彫刻、グラフィティ、映像芸術、自伝もいい。正直、なんでもできるタイプではあるので面白そうなものや流行っているものをやりたいという気持ちはある。

 気持ちはあるが。どうだろう。

 イタリアの富豪は納得してくれるのだろうか。

 一応、色々な金持ちや、企業からの制作依頼は舞い込んでいる。とてもありがたい。しかし、彼らは私の何を求めているというのだろうか。

 いや。

 私を利用して自分が楽しめればいいと思っているだけのはずだ。

 当たり前か。

 私だって、そうだ。ここが人生のポイントであるならば、絶対にここより落ちたくはない。来年もまた二十六億以上稼がないと、平均から下がってしまう。

 維持しなければ。

 マーケティングか、ブランディングか、それとも。

 何か、ないか。


「あそこに住んでいた藝術家さん。急に売れておかしくなっちゃったみたいね」

「あら、そうなの」

「そうよ。自殺しちゃったの。なんでも、これで年収一億円以下にはならないぞって叫んで」

「あぁ、聞いたわ。こんなことも言っていたらしいわよ。これで年収一億にはなったけど、どう考えても一年で二十六億稼げる方がおかしいんだから、来年また二十六億以上なんて稼げるわけがないっ。とかなんとか」

「変な話よね」

「年収一億以下になるのが怖かったんじゃないの」

「いやいや、だって二十六歳で二十六億稼いだから、二十六で割って年収一億なんでしょう。だったら別に来年から二十六億以上なんて必要ないじゃない。今年の二十六分の一以上稼げば、平均値は落ちないんだから」

「あぁ。そっか」

「まぁ、それでも一億以上稼ぐ必要があるけど。でも、一度それだけの額で作品を売ったら、派生したビジネスとかでどうにでもなる気がするけどねえ」

「藝術家さんって大変ね」

「違うわよ。馬鹿だと大変なだけよ」

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