第56話:悪知恵は成った
「蜥蜴人と蠍人と。司祭が二人してお出ましとは、どうした風の吹き回しだ」
俺には区別のつかない蜥蜴人に、皇帝は問う。
言う通り、盾を持った蜥蜴人の後ろへ蠍人も並ぶ。そちらも区別がつかないけれども、中の一人が飛び抜けて大柄だ。
反面、肌質と言おうか殻質と言うのか、枯れかけた佇まいがコルピオと知らせる。
――成ったか。と安堵のため息を漏らしたのは、誰あろう俺だった。
「これは陛下、まずはご挨拶をば」
聖戦にも加わった老司祭は挨拶と言っただけで、質問に答えない。蜥蜴人の司祭はこの戦いに参加したのだから、主に問われているのはコルピオなのだが。
ああ、いや。たった今まで蜥蜴人も、誰一人として城内に居なかった。皇帝はそれも咎めているのだろう。
「陛下、見事な采配でございました。ご自身の武勇も、同じく見事なもの。この点において、わざわざ口にするほどの何ごともございません」
蜥蜴人の司祭が、争いの評価を下す。コルピオと並び、各々の同族を連れて進む。
三眼人の間を割り、堂々と。皇帝と自分たちと、どちらが口を聞くにも足を止めはしない。
「その二つ以外に、文句があると言うのだな」
「文句とは畏れ多い。多少の疑問を覚えたに過ぎません」
「ほう? 言ってみよ」
コルピオは頭一つ。蜥蜴人の司祭は頭二つ。皇帝よりも背が高い。
目の前まで至った二人は同族を三歩後ろに控えさせ、しかし皇帝を見上げさせたまま話す。
「あのハンブルが、炎の弓を使っておりましたな」
「いかにも。ロタが盗ませた物だ」
単刀直入。戦いぶりと同じく、蜥蜴人の問いに
「なるほど。すると不可視の覆いは、いかがされました。三眼人が用いたようですが」
「――なぜ知っている? ギョドが持っていたやら、我れの同族が踊らされたやら、そこは知らぬ」
居なかった者がどうして。と問い返しつつ、皇帝の声に淀みはなかった。ここまでの発言とも矛盾はない。
蜥蜴人の司祭も深く頷く。
「それもなるほど。やはり陛下は、なにもかもロタさまの陰謀と仰る」
「当然だ」
「よく分かりました、私の疑問はこれだけです。なぜ知っているかとは、コルピオが答えてくれましょう」
一歩下がって、魚人とまた違う鱗だらけの腕が振り上げられる。
応じて蜥蜴人たちが動く。剛力の盾を持った四人も含め、
「聖戦の折、儂の眼はいくつか潰れておりましてな」
「ひっ!」
代わって進み出たコルピオが、なにを思ったか。自身の指を眼窩に突き込む。
悲鳴を上げたのはワンゴ。コルピオの顔を見るのは、俺も随分と久しぶりに思う。この少年には、もっとだろう。
それがいきなり己の眼球を抉り出すとは、およそ歓迎したい光景でない。
「これがなにか、お分かりか」
手に差し出されたのは、ガラスめいた球。トンボ玉と呼ぶには模様がなく、一寸足らずと大きい。
皇帝は首をひねり、「知らん」とだけ。
するとコルピオ独特の笑いが「ケフッ」と聞こえた。続いてどこからか、カサカサと乾いた音がし始める。
枯れた木を擦り合わすような、どこかむず痒い連続音。間延びしたり抑揚があったり、話す言葉にも感じる。
「蠍人の宝物、遠耳の玉。見ての通り、蠍を意のままに操れる。その上に、蠍の聞いた音を聞くことも。儂らの眼は飾りも同然、振動を捉える耳こそが全て」
この土地の言葉と、乾いた音と。二つは同時に鳴る。
見ての通りと言われても、蠍の言葉は分からない。けれどおそらく指示に従い、皇帝の傍に居た蠍が一斉に動いた。
十数匹が這い寄るうち、皇帝の野太刀が三匹ほども叩き潰す。が、残りは身体に取り付いた。
脚の付け根、腋、首すじ、目の上の額。毒の棘をかざし、そういう装飾物のごとく動きを止める。
「話すことは構いませぬ。多少揺れ動くのも問題ないかと。多少がどれほどか、儂も正確な保証は致しかねますがな」
側近の三眼人は、すぐに「陛下!」と声を上げた。が、先に蠍の餌食となった者は動かなくなっている。どうも出来ず、焦った表情で眺めるのみだ。
「我れの知る遠耳の玉は、赤子の頭ほどもあったが」
「あれは偽物。宝物は強力ゆえに、誰も使わぬよう聖殿へ封じた。が、道具とは使ってこそ。なに、使う者が不心得でなければ良い」
いけしゃあしゃあと、抜け駆けを悪びれもしない。他の七つの人種が宝物を納める中、ただ一人自分で持ち続けたコルピオが。その玉も、元通りに眼窩へと収める。
「さて有名人。壮健でなによりだ」
「ああ、目が利かんのは間違いなさそうだ」
「大した病でないのに『しっかり』と繰り返されれば、段々その気になるだろう。儂なりに気を遣ったのよ」
悪趣味な冗談はともかく、皮肉で返せる自分に少し呆れた。いみじくもコルピオの気遣いとやらを証明したようで、ケフッケフッと笑われた。
「結構、結構。お前の目論見、存分に見させてもらった」
「人聞きの悪い。真実が表に出るよう、物の配置を変えただけだ」
「同じ見解でなにより」
予想してはいたが、俺の悪知恵をなにもかも知っているらしい。それで姿を見せるのが今とは、徹底したものだ。
「ど、どういうことです」
鎧の魚人の足下から、ワンゴが抜け出た。怪我らしい怪我はなく、肩を貸してくれる。
「姿を見えなくする布。夜も砂埃も関係なく見通せる目。そんな出歯亀の道具を与えて、魚人が大人しくしているはずはない。使う現場を大勢の前で押さえれば、宝物を盗んだのが誰か明らかになるだろう」
今朝、城に戻ってすぐ。不可視の覆いを無効化する帯を、城の入り口に敷いていた。しかし誰もかかることはなく、使うのなら戦いのさなかだろうと回収した。
「でもエッジが渡したって知られるだけでは……」
「そうだ、真水の桶と交換したのはそのためだ。おかげで元皇帝陛下は、攻めるしかなくなった」
「なぜギョドがそんな物を持ってたかってことですね。交換しなきゃ、ボクたちは飢えるはずだったのに」
蠍人の宝物が遠耳の玉と知って、ワンゴの預かった荷物が関係するのではと考えた。
他のどの宝物も、名の通りの力を持っている。ならば遠耳とは、居ながらにして別の場所の音を聞けるに違いない。そのためのなにかを持たされたのだろうと。
であればコルピオは、皇帝の尻尾をつかむ機会を見計らっている。損得勘定に訴え、味方につけるのが俺の悪知恵だった。
「然り。まあお前の一か八かの前に、儂が暴露してしまった。蜥蜴と狗と、司祭二人を連れて魚の天幕へな。沓と盾と角笛と、偽の玉が揃っておった」
「
ワンゴの尻尾が力なく垂れ下がる。俺に構わず行けと背を押したが、首を横に振った。
「ああ、すまん」
「言いわけは後で聞かせてもらいますよ」
「良かろう、気の済むまで」
俺と話すのと、コルピオの口調はさほど変わらない。しかしなんだか、温かく感じる。それは少し上向いた少年の尻尾が、俺の脚を撫でるからかもしれない。
「さて陛下。もう一つ質問を忘れておりました」
種明かしが老司祭の役目だったらしい。白い盾だけでなく短槍をも手にした蜥蜴人の司祭は、声を低くした。
皇帝は視線で答えるだけで、声を発しない。鋭いままの三つの眼が、蠍を恐れているようには見えないけれど。
「あなたは八人種の宝物を独占し、ゆくゆく我ら蜥蜴人や蠍人をも排除するつもりだった。違いますかな?」
「……だとして、どうする。今度はロタを持ち上げるつもりか。あの女が森の民だけに目を向けていたのは間違いない。それともお前が、我れに取って代わるか」
もはや言い逃れる気はないようだ。祈り続けるロタに、皇帝は蔑む目を向ける。
奪うか奪われるか、この男にそれ以外の概念はないのか? と、思い浮かんだのは馬鹿げた妄想だったろうか。
「ロタさまは過ちを犯された。また仰ぐかは、これから後の話。だが皇帝陛下、あなたのは明確な意図を持った罪だ。たった今より蜥蜴人は、貴様を盟主とは認めん。三眼人が追随するなら、双方滅ぶまで相争っても構わん」
「蠍人もな」
二人の司祭がそれぞれに決別を告げる。名実ともに元皇帝となった男は鼻で笑うのみで、返答をしなかった。
側近の三眼人に視線を注がれても、皮肉げに口を歪めて見せるだけだ。
「ロタ――」
ふと、彼女の声が聞こえないのに気付いた。見れば先と位置は変わらず、しかしよろよろと立ち上がるところだった。
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