第47話:命を削り合って

 筒先から、紅蓮の閃光が走る。渾身に打ち鳴らした和太鼓のごとく、重い銃声を伴って。

 炎の球。いやさ炎の弾丸は、夜店の飴玉を思わせた。きらきらと透き通った軌跡を直線に残し、弾ける。


「ふうっ!」


 命中精度は、三八式の比でない。威力もおそらく、数倍に及ぶ。落雷かと錯覚さす着弾音に、撃ち放った俺自身が驚嘆した。

 穿った傷を、なおも焼き尽くそうとする炎が凶悪だ。


「よくも使い方が分かったものだ」

「なんとなく、な」


 惜しむらくは、引き攣った顔の皇帝に命中しなかったこと。すぐ後ろに控えていたらしい蜥蜴人が押し退け、純白のまるい盾で受け止めた。

 衆目の全員が揃って足を止めた甚大な音。ただ鳴り響くだけのハッタリでないなら、どういう腕力をしているのか。

 煤けた盾を眺め、ちろちろと舌を出すさまに余裕さえ感じる。


「ロタ、気を落ち着けたか」

「は、はい!」

「ならば指示を、押し込まれるぞ!」


 為せなかった業を悔いても益はない。盾を持たぬ三眼人ばかりの集団を狙い、二射目を放つ。

 すると見事、狙った胸当ての真ん中に炎が上がった。防具を砕かれた犠牲者は、後ろの数人を巻き込んで吹き飛ぶ。

 炎の弓の威力にやはり間違いはなく、蜥蜴人の持つ盾が問題だ。


「どうやらあれが剛力の盾か――」


 白い盾は四枚あった。持ち手の四人が先頭に立ち、皇帝は再度の前進を指示する。

 三射目を受け止めてから、一気に突入する気だろう。列の合間を狭め、じりじりと進む。


水の都ワタンの民よ、皇帝の暴力に屈してはダメ。私たちの住処を守るため、押し返して!」


 ようやく、ロタは動揺から立ち直った。避けられない戦いを前にして、あがってしまったのは仕方がない。大事なのはここからだ。


「闇雲に出させるな。角鹿人を」


 広場の左右へ、一眼人と鼠人が分かれる。三眼人と蜥蜴人を相手にしては力負けするために、正面から当たらぬよう指示がしてあった。

 もちろんそれでは中央が空き、押し返すのは不可能だ。


「角鹿人よ、あなたたちの豪腕が頼りです。前へ!」


 先頭集団の譲った道を、大柄な者を前へ押し立てた角持ちの男たちが踏み出す。手に手に、頭からつま先までを隠す巨大な盾を持って。


 流れ着いた流木を縦に割り、取っ手を付けただけの代物だ。見てくれと質は剛力の盾に及ばずとも、正真正銘の剛力が補って余りある。

 なにしろ身の丈五尺六寸(約百七十センチ)の俺が、遥か仰ぎ見るような者まで居た。


「呼び寄せの角笛を!」


 鍛圧機械プレスマシンのように、蜥蜴人と角鹿人はゆっくりとぶつかり合う。その背を眺めつつ、ロタは次の指示を飛ばした。

 答えて、まだ後方に残る角鹿人の司祭が笛を鳴らす。一見には法螺貝にも似た、複雑に湾曲する大きな角笛を。


 けれども音は聞こえない。不安げなロタの視線に、角鹿人の司祭は雄々しく頷いた。俺と変わらぬ背丈の彼も、斧に持ち替えて前方へ向かう。


「押すばかりでは消耗戦になる。機会を見て引き込むぞ」

「ええ。でもいつ?」

「角鹿人が疲れた頃合いだ。と言っても本当に疲弊させるのでなく、相手がそう思うようにな」


 互いの先頭がせめぎ合う位置は、僅かも動かないでいた。

 蜥蜴人が短槍を突き出し、合間から三眼人が野太刀を振って躍り出る。角鹿人の盾がそれを押し潰し、一眼人と鼠人が側面を突き崩そうと剣を振るう。


 まだまだ誰も、気力と体力が十分。双方、一人二人は倒れたろう。ロタが重傷を癒やしたのがその数だった。しかしほとんどの者が、精々でかすり傷程度。

 互角と言っていい。けれども正規の兵士を相手に、森の民が無理を重ねていると見るべきだ。


 やがて、十五分も経ったころ。案の定と言うべき変化が起こった。

 一人の三眼人が鼠人の只中へ飛び込み、ぐるりと乱暴な横薙ぎを見舞う。単にのぼせ上がったか、当人なりの勝機が見えたのか。ともかく無謀以外の何物でもない。

 けれども五、六人の鼠人が致命傷を負った。三眼人はなおも調子づき、縦横にでたらめな斬撃を振るう。


「押し包んで! それから第二の笛を!」


 ロタの肩へ触れると、それだけで理解したらしい。的確な指示が飛び、二線に控えた角鹿人が暴れる三眼人へ向かった。

 盾を突き出して迫るさまは、壁が押し寄せてくる以外に見えまい。いくら野太刀を叩きつけても、少しの傷が盾に刻まれるだけ。

 そのまま盾で殴りつけられ、動かなくなった。


 誰を向かわせるか、直接の指示を下したのは角鹿人の司祭。彼もまた角笛を取り出し、力強く息を吹き込む。

 しかしと言うべきか、やはりと言うべきか、音は聞こえないけれど。


「頃合いだ」

「ええ、そうみたい」


 勢い任せの一人が、数人の命を奪った。これを十人にやられれば、こちらは数十人の被害となる。

 戦いに慣れぬただの住人たちには、これくらいが集中力の限界ということだ。予想していたものの、思った以上に早かった。


「正規兵、前へ! みんなは下がって!」


 ここからが知恵の見せどころだ。城まで続く東西の通りに敵を引き込み、目立ちたがりの皇帝を生け捕りにする。

 そのために一眼人と鼠人は南北の通りへ散り散りに逃げ、遊撃となった。

 角鹿人は整然と後ろ歩きに後退し、その合間からこちらの正規兵部隊が走り出る。もちろん、ばかりだが。


「雑魚に目をくれるな。目指すは司祭長ロタ、ただ一人。決して殺すな、生け捕りにするのだ!」


 練度と装備の違い。押して押すという筋肉質な作戦を、皇帝は叫ぶ。

 いや正しい。詳細はともかく、俺が指示しても同じことを言った。殺すなと付け加えてくれたのもありがたい。


「みんな堪えて! 全員が城へ入るまで、ゆっくりと下がるの!」


 その司祭長どのは名演技だ。城へ戻るのは予定通りだが、抗しきれずと見せかけねばならない。

 広場の出口で、元兵士の部隊が敵を受け止めた。角鹿人を土蔵の土壁とするなら、これは極めて密に植えられた防風林。

 荒れ狂う短槍と野太刀を、尽く払い除ける。攻撃を考えず防御だけに徹した、見事な剣と盾の捌きだ。


 と、どこからか耳慣れない音が届き始めた。なにか割れるような――そう、膨らませた紙袋を破裂させたのに似ている。

 それも一つや二つでない。数十が折り重なって、段々とこちらへ近付いてくる。

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