第31話:皇帝の尻尾

 聖殿の捜索を終えた俺たちは、宝物を取り戻すために水の都ワタンを出た。残していく住人たちには、「何者かに盗まれた可能性が高い」とだけ話して。

 戦いに長じているという蠍人にも同道を頼んだが、断られた。代わりにと、コルピオが小さな袋をワンゴに預けたが。


「宝物を一手に握ると、どれほどのいいことがある? 皇帝が持っていると知られんためには、三眼人にしか使えんことになるが」

「そのため、なんでしょうね。ディランドは、ゆくゆく兵士の全員を三眼人にすると言っていたわ」


 推測に過ぎなかったが、尻尾をつかむための当てが一つある。その場所への道々、ロタは俺の腰に指を向けた。


「私も遠見の筒以外は、触れたことがないの。炎の弓、剛力の盾、真水しんすいの桶、呼び寄せの角笛、高飛びの沓、遠耳の玉、不可視の覆いって、名前だけは知っているけど」


 彼女の声が申しわけなさそうに、少し小さくなった。理由の想像はつくが、遠慮をしてもいられない。


「聖殿の責任者が、触れたことがない?」

「ええ。前の司祭長から引き継ぐのが本当なんだけど、急だったから」


 ニクの親でもある、ロタの前任者。おそらくは皇帝に暗殺されたと聞いた。


「手探りのロタが、聖戦以来の遺物を後回しにするのは仕方がないか。しかし名を聞いただけでも、少数精鋭に持たせればかなりまずそうだ」


 おそらく開けた戦場でなく、建物を攻め落とす時。若しくは戦場の最奥に居る要人に近づく時。

 そういう隠密の作戦に使えば、絶大な効果を発揮するに違いない。互いの主力同士をぶつける前に、崩壊寸前まで追い込める。

 遠見の筒を使ってみて、いかに常識外れの代物か理解した。


「ただ先だっても言ったが、皇帝陛下はしらばっくれるつもりだろう。水攻めも自然発生と言い張れば、証拠を示せない。そうやってごまかせる限り、森の民を害することもない」

「じゃあ――隣国へ戦争を?」

「だろうな。俺ならその前に、宝物を持たせた部隊に穀物庫やらを破壊させるが」


 先頭はワンゴ。聞こえていないはずがないけれども、一度たりと口を挟まない。

 続くチキが、振り返りもせず独り言のように声を上げる。


「はあ。さすが次から次へと汚い手を思い付くものだ」

「そうだな。世の中、お前のように清廉潔白な人間ばかりならいいんだが。現実はそうでない」


 気分を良くしたか否か、チキは「ふん」と鼻息で答える。独り言に返事をするなという意味だろう。ロタを前に、直接な発言を控えるつもりはあるらしい。


 目的の集落へは、日没直前に着いた。かなりの強行軍だったが、ロタはそれほど苦しげでなかった。

 しかしこれを村とは、いささか呼びにくい。俺の自宅がある北豊島郡は谷中より、よほど建物の密度が濃い。

 もう見慣れた砂岩の家々は、ざっと三百。千人以上が暮らしているだろう。

 

 俺とワンゴは村に立ち入らず、水の都ワタン周辺よりは深い茂みに身を隠す。

 一時間ほどすると、ロタは一人で戻ってきた。侍祭たちは別の方向の監視に着いたはずだ。


「探してみたけど、ないみたい」

「それなら間に合ったってことだ。ロタは戻って、歓迎されていてくれ」

「私だけ休んでいるなんて」

「いざという時、真ん中に居てくれたほうがいい。必ず呼ぶから、心配するな」


 聖殿を荒らした輩。あるいはその仲間が、きっとここにやって来る。少なくとも宝物の一つを持って。

 それが何者か。皇帝と繋がっていると白状させられれば、反撃の糸口がつかめる。


「分かった。水でも食べ物でも、言ってくれれば用意できるから」

「ああ、助かる。しかしあまり近付くな、悪くすれば潜伏を悟られる」


 思い詰めた風に唇を噛んで、ロタは頷いた。そのまま「じゃあ」とだけ言い残し、集落へ戻っていく。

 彼女の生家のある、一眼の村モーノへ。


 それから、持久戦となった。俺たちの到着したその晩に、盗っ人は現れなかった。

 当然に夜間とは限らない。昼間も徹して、監視を続ける。途中、交代をロタが言ってきた。

 けれども断った。伝令役のワンゴに居てもらい、二十分ほど仮眠をすれば問題ない。


「できれば今晩にでも来てもらいたいんだが」

「そりゃあ早いほうがいいです」

「そうだが、別の理由もある」

「なんです?」


 夕食を運んでくれたワンゴと、声を潜めて話した。ずっと黙ったままでいるのは、精神に良くない。


「皇帝陛下が水の都ワタンへ来るまでに戻らんとな」

「えっ、港の町ポルトへ行ったばかりなのに?」

「あれだけの水害だ、直々の視察くらいするだろう。食料や衣服を配れば、森の民からの人気がぐっと上がる。そこにロタが居ないとなると、どうなる?」


 ぱかっと、ワンゴは口を開ききった。勝手に推し量らせてもらうなら、厚顔無恥な意図に呆れたらしい。


「あー。自分で点けた火を消して大手柄、ですか。自分を持ち上げて、ロタさまは下げる。わあ、よく出来てますねー」


 棒読みとはこれ、と教本に載せたい。付け足す言葉もなく、「だな」とパンを頬張った。干し肉を挟んで焼いてあり、香ばしくてうまい。


「大人の話と思って聞きませんでしたが。ボクたちの待っている盗っ人は、なにをしに来るんです?」

「宝物を置きにだよ」

「手間をかけたのに、わざわざですか」

「いや、それとは違う。今回奪われた以外のがあるだろう」


 暇にかまけ、すぐには答えを教えてやらなかった。するとワンゴは「わぅん?」と首をひねる。

 しかし俺がかじったひと口を咀嚼し終える前に、「なるほど」と察したらしい。


「三眼人の宝物ですね」

「そうだ。ロタが奪わせたという言いがかりに、裏が付いてしまう」

「じゃあ絶対に捕まえないと」


 皇帝が水害の視察のついでに「それぞれの村の様子を見たい」と言っても不審はない。

 秘密の畑は隠してあるのだろうが、罪を着せるための宝物は必ず見つかる。「わふん」と意気込むワンゴの言う通り、食い止めねばロタが危うい。


 だがそれは、今日とも明日とも知れない。俺の発案とあって、侍祭たちもいつまで協力してくれるか。

 不安を胸に押し殺し、じっと待つ。やがて三日目の夜明けまで、数時間というころ。


「エッジ。誰か来ます」

「一人か?」

「と思います」


 夜目の利くワンゴが教えてくれた。顔の向きは、水の都ワタンへの道から外れている。

 やや北向きで、およそ港の町ポルト方面と言えた。


「荷物を持っているか?」


 問いつつ、俺も遠見の筒を覗く。視界に制限のある分、人影を探し当てるのに手間取った。


「持ってますね。長剣でも背負ってる感じです」

「ああ、やっと見つけた。そうだな、長い布の包みを……」

「どうしました?」


 山砦の村マトレでもそうだったが、遠見の筒のほうがワンゴよりも遠くまで見通せる。

 だから少年にはまだ、やって来る者の判別がつかないのだろう。言葉を失った俺の肩を揺する。


 俺の脳裏は「なぜ?」と、そのひと言で埋め尽くされた。人目をはばかって訪れたその人物を、俺は知っている。

 問うたところで、ワンゴにも分かるはずがない。けれども疑問を口にせずにはいられなかった。


「なぜだ。どうしてニクなんだ」

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