第18話:真実を得る方法
「準備が整った。ディランドが言ったのは、それだけよ」
両手を揉み合わせ、弄びながらロタは答えた。最後にため息も混じり、きちんと聞けなかったことを恥じているように思う。
「準備とはこの町を出る準備か?
「だと思うけど、ディランドははっきり言わなかった。『準備は準備だ。我れが目録を片手に、読み上げねばならんのか?』って」
「普段、そういう相談はしないんだな」
困ったものだと言いたげに、ロタは頭を掻く。先より大きなため息も。
「ええ。皇帝の預かる国の運営部分と、司祭長の預かる聖殿の運営部分は、基本的に財布が別なの。大まかには話すけど、相手に影響のない部分は全くよ」
「なるほど。そういう相手には、俺にも覚えがある」
島国の太日本帝国が戦争を行うには、船が不可欠だ。しかし上陸して侵攻するには、拠点制圧などの訓練を積んだ兵が必要となる。
陸軍と海軍が協力せねばならないのに、実情は互いを出し抜こうとするばかりだった。なにも出来なかったなと、苦笑するばかりだ。
「引っ越しの用意が済んだから、もうここに居る理由がない。ということだな、良いように解釈すればだが」
「そうね。
褒められた話でない。だがそういう行いの可能なのが、君主というものだ。
もちろん度を過ぎれば、謀反なり叛乱なりが待っている。だのになぜ、意味もなく出立が早められたのか。
想像できるのは一つ。
「おかしい。が、おかしくないか。ならば、もう一つ教えてくれ」
「おい貴様、黙っていれば調子に乗るな。問うのは一つと言ったではないか」
「一つ問うて、別の疑問が浮かんだ。それを解くことに、なんの問題がある」
「お前の態度が問題と言っているのだ」
ロタの手前、チキの声が荒らぐことはない。と言ってもそれだけで、中身はケンカを売る以外の何物でもないが。
これを買うのは簡単だ。しかしそれで、有耶無耶になってしまう。俺は黙って、ロタを見つめた。大島閣下に見つかれば、女を頼るとは何ごとかと叱られそうだ。
「……チキ。エッジはこの土地のことを知らないわ。それでもなにか考えようとしてくれているの。結果を聞いて、ふざけていると思えば好きに言えばいい。でも最初から人の発言を押さえつけるのは、自分の狭量を示すだけよ」
「それは、その」
この会話の結論が出るまで、せめて黙っていられないのか。期待以上に太い釘を、ロタは刺した。
おかげでチキは特大の舌打ちを締め括りに、口を閉じる。
「それでエッジ。新しい疑問とはなに?」
「そうだな――俺は軍人だった。祖国を守り、外敵を討つために」
「兵士だったのね、どうりで戦い慣れているはずだわ」
「ああ、その中で学んだ。どんな敵も思い付かないような新しい兵器、新しい作戦など存在しない。誰かが考えたことは、必ず別の誰かもやろうとしている」
なにか言おうとしたロタの唇が、息を吸うだけで閉じた。落ち着かなかった両手も、拳の形で床に向けられる。
「これは全くの想像だが、皇帝陛下はなにかを計画している。森の民を出し抜くようななにかだ。しかしその中身が、俺には想像出来ない」
「つまり。砂の民が悪巧みをしているなら、森の民も同じと言いたいのね。そしてなにをやっているか教えろと」
まばたきを忘れてしまったか。ロタはじっと、俺の眼を見つめ続ける。そうすればまるで、隠した俺の魂胆を見通せるかのごとく。
だが俺にそんなものはない。情報の不足した今という状況から、抜け出したいだけだ。眼をぶつけ合ったまま、首を縦に動かして見せる。
「私も一つ、教えてほしい。森の民に企みなんてものがあったとして、ニクの件とどう関わるの」
ロタが警戒するのは当然だ。しかし答えを聞く前に示してやれる保障はない。
だから俺には、正直にそのまま答えるしか出来なかった。
「分からん。関わるのか知るために、まず問うている」
「薄汚いハンブルめ、やはりロタさまを貶めようと!」
ロタの半歩後ろから、チキの両手がつかみかかる。俺の襟を握り、震えながらも喉を締め上げる。
「黙りなさいチキ!」
「ろ、ロタさま!」
間髪入れず、ロタの怒声が轟いた。その圧力で弾かれたように、チキは二、三歩も飛び退く。
「下がっていなさい。エッジは今、私と話しています」
ただ続けられた言葉は、いつものまま優しい彼女の声だった。チキはその通り口を閉じ、その場に膝を突いて動かなくなる。
「これで何度目だか、想像を重ねても事実にはならん。しかし一つだけ、可能にする方法もある」
「それは?」
「想像を裏付ける、結果を見つけることだ」
ゆっくりと、ロタは頷く。「そうね」の言葉も慎重に。
「皇帝陛下の出立が早まったことにニクは動揺していた。たしかめてくれれば分かるが、なぜだとコルピオに詰め寄りもした。だから無関係とは思えない。俺の想像は、たったこれだけだ」
それっぽっちと言われればそれまで。ニクは皇帝に刃を向けた重罪人として裁かれ、責はロタにも及ぶ。俺には止める手立てがない。
「分かった、話すわ。他言無用でね」
若き司祭長の唇が、笑みの形を作る。けれどもきっと、見栄えだけだ。彼女の肩に載った重みが、そんな強がりをさせるのだろう。
「もちろんだ」
「と言っても、大掛かりなことじゃない。
「ああ。それが洩れては大変だ」
やはり、だ。
彼女は言った、国の運営と聖殿の運営は財布が別と。つまり国民に飯を食わすことは、皇帝の領分。そこに森の民と砂の民の区別はない。
だのにロタは、他の作物にはかけられる税を勝手に免除し、砂の民の目には触れない流通を確保している。
仮に飢饉が来ても、森の民だけを救う備えとして。
予想通り。いや予想以上に、水面下での対立は一触即発となっている。
などと感想を言っても仕方がなく、おどけた答えにしておいた。「そうね」とロタの失笑は、今度は本物らしい。
「それで? 私は私の悪事から、なにも想像出来ないのだけど」
「俺にも分からんさ」
「ええ?」
「だから言っているだろう。事実とは予測でなく、現実の観測によってのみ判明する」
八人種の隠れ里は、貯蔵する食料を確保するだけの資源を持っている。土地や労力などをだ。
それなら皇帝の悪巧みも同じでないか。ニクはその企みを知って、動こうとしたのでないか。
と。思い浮かべた全てを話す手間を、ロタはかけさせなかった。
「ニクの関わるなにかが、砂の民の村で行われている。それを覗き見して来ようというわけね」
「ああ。だから土地勘のある連れを貸してもらいたい」
途中まで案内してもらえれば、俺自身が行くつもりだ。神に仕える一眼人に、密偵は荷が重い。
ゆえに希望は叶えられると思った。でなければ、やはりニクの運命を見守るだけになるのだから。
「あなたの言い分は分かった。でも、案内は貸せない。理由は分かるでしょう? この国で、あなたは目立ちすぎるの」
「……なるほど」
縦にも横にも、ロタは首を振ることさえしなかった。ただ「ダメだ」と結果だけを突きつけ、背を向ける。
一階への階段へ足を向けた彼女に、チキが追従した。指示を守ってなにも言わず、俺を指さしただけで。
「まあ仕方ないさ、言うだけは言った」
おとなしく、あてがわれた宿舎へ戻る。すぐに夕食が出て、さっさと眠った。
次に目覚めたのは深夜。外を見ると、月の光はほとんどない。枕代わりの、どす黒いマントを羽織る。
俺は窓から、夜の街へと飛び出した。
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